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二人で二つ

死者の宮殿 / パリス アイリ

「ねえ、ちょっと信じられないんだよ、パリスだってさ、ねえ!」
 徹夜明けにはきつい声だ。
 薄い扉が勢いよく開いたと思ったら、次の瞬間には張りのある声が部屋中に響いている。足音はしない、いつだってしない。気味が悪いほど気配を消すのがうまい。声も動きも人の倍騒々しいのは、もしかしたら何かの釣り合いをとるためなのかもしれない。
「パリスだって言うんだよ。占い師が。どーよ? どうなの? 私は絶対何かおかしいと思うんだけど、ネルはいつもみたくふーんだって、でも納得いかなくない? ねえ、ねえ、ねえ!」
 しゃべりながらチュナのいる方へ移動し、床に荷物を放り出し、椅子に上着を投げ捨てて、最後に枕もとに立ってそこでまだしゃべっている。
 パリスは眠かった。
 昨日はアイリとは別行動をとって初対面の探索者たちと遺跡に潜ったのだが、結果は散々だった。小さな鬼火を一発放っただけでへばった自称魔法使いと廊下の角に額をぶつけて昏倒した自称戦士を引きずり担ぎあげ放り投げ夜種どもから必死で逃げ回り、ようやく地上に戻ってこれたのはなんと今日の昼すぎだ。まったくひどい目にあった。こんなことなら無理にでもシーフォンを引っ張っていけばよかったと思う。口は悪いしむかつく奴だが、魔法の腕だけは確かだ。どうせ暇そうにしていたんだし。それやこれやで自称探索者連中の尻を蹴飛ばしてひばり亭に放りこみ、この懐かしい屋根裏部屋にようやくたどりついたのがついさっきの話だ。チュナに声をかけてから、服を脱ぎもせず空いているほうの寝台に倒れこんだ。疲労と眠気でぐらぐら揺れる頭を枕に乗せ、両目を閉じた瞬間、アイリが部屋に駆け込んできたのだった。
 鼻息荒く興奮しているが、賭けてもいい。『ねえ、ねえ、ねえ!』の内容は、絶対にどうでもいいことだ。
 とはいうものの、八割の確率で負ける方に賭けていることだし、一応はききかえす。
 顎を動かすのすら億劫だったが、なんとかもつれる舌を動かした。
「なんだって?」
 寝台がきしんで、アイリが隣に横たわる気配があった。疲労のせいもあっていらだつ。今日はパリスが寝台を使う番だ。ゆっくり寝させてくれ勘弁してくれ。
「パリス知らないの、あの橋のたもとの占いテント」
 耳の側で言った。
「……知らね」
「あー、知らないんだ。お婆さんの占い師が店を出しててさ、ていうか見た目とか完全に魔女なんだけど私的にもネル的にも、そこの占いがすっごく当たるって評判なんだよ。値段すごく高くてどうしようか悩んだけどさ、ほら、このあいだ拾った彫像をテオル様が高く買ってくれたじゃん、だからネルと二人で思いきって行ってみたの」
 どんだけ高いんだよ。いくらだよ。ていうかおまえオレが靴を新調すりゃ怒りだすくせに自分の贅沢には平気かよ。
「そしたらねえ、どうよ、パリスだって言うのよ」
 だから何が、ときいた。意識がいよいよ朦朧としてくる。眠い。
「だからさ、私の好きな人が」
 パリスは目を開けた。
 うつぶせに寝ころんで両手の甲に顎をのせ、アイリは大きな目でじっとこちらを見つめている。どう思う? とパリスの意見を待っている顔だった。
 ――これ以上ないくらいどうでもよかった。
「心底どうでもいい」
「ええーっ、ちょっとぉ、何その反応! どうでもよくないよ! 寝ないでよ! あのさあ、お金とってそれっておかしくない!? 私を好きな人ならまだわかるけど、私が好きな人を占われたんだよ!? そんなのなしだと思わない!? しかもさあ相手はパリスってさぁ、それはないよね! すっごく損した気分なんですけど!」
 ぐんぐん肩を揺さぶられる。
「……アイリ、眠い」
「大体これって大問題じゃない!? もしも私がこれをきっかけにパリスのことを意識し始めて、そのうち異性として愛しはじめたりしたら、私一体どうすればいいんだろう。これかなり大変だよ問題だよ。こういう風に一緒に寝るのとかもう全然無理だよ!? 私、好きになったらすっごくときめくからさ! 乙女だよ! すごいときめきなんだよ本当に!」
 真剣にぶん殴りたくなってくる。
 しかし無視すれば永遠にしゃべり続けるのでどこかで相槌は打たねばならないのだこの妹は。
「ああ……困るなそれは」
「えっ、えーっ。なんでパリスが困るの?」
「……」
「傷つくなぁ」
 パリスは起き上がった。
 鉛がつまったような重い手足を動かしてアイリをまたぎこし、寝台から降りた。床の上にこしらえた寝場所に近づく――寝場所といっても毛布が一枚落ちているだけなのだけれど。毛の荒い擦り切れた毛布の上に倒れこみ、目を閉じた。固い床の感触と埃っぽい空気と床の隙間から立ち上ってくる腐った野菜の匂いと扉の隙間から吹き込んでくる冷たい風と、それやこれや、決して快適な寝床ではないけれど、これでゆっくり眠れると思えばほっとする。
 部屋には寝台は二つしかない。
 以前はアイリとチュナが一緒に使っていた寝台は今はチュナだけの物になっていて、かさばる二人で残るひとつを使うわけにもいかないから、チュナが目覚めるまで臨時で作った寝場所だった。一日交代で使う約束だが、なにしろいい加減な二人なので、その取り決めも適当だ。時にはどちらが床で寝るべきかで真剣な口論が起こり、止める人間がいないからひどく険悪な空気になる。チュナに意識があるなら、仲裁に入れないもどかしさに歯がみしているだろうと、喧嘩のあとは二人で話す。三つ目の寝台を部屋に入れるという案はついぞ出たことがない。
 ――でもオレは兄貴だから我慢しなきゃな。
 こんなだからシスコンて馬鹿にされるのかねオレアイリにもチュナにも甘すぎるのかねと考えてから、今度こそ安らかな眠りの中に踏み込んでいく。
 ……気がつくと下唇を柔らかく探った感触が離れていくところだった。
 目を開けると、間近にアイリの顔があった。
 床の上に横たわり、パリスをじっと見つめている。
 ……。
 おまえ今オレにキスしてなかったかときこうとしたら、アイリがやけに真面目な声できいた。
「ときめいた?」
 何がしたいんだおまえはと思う。かすかに首を横に振ると、アイリはひどくがっかりした顔になって、固い床の上に頭を落とした。


end

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