ホルム占領後/アイリ シーフォン
冷え冷えとした秋の空気に身震いし目を開けた瞬間、窓ガラスの向こうの夜空に輝く流星を見た。
流れた星は地上に落ちたあとも燃え続けるのだと、子供の頃に教わった。
今しがた目にした流星の欠片を見つけたくなり、アイリは寝台から跳ね起きた。反対側の端でぐうぐう寝ているパリスを踏み越え、身支度を一瞬で整えて壁にかけていた外套をひっつかみ、ひばり亭の小さな部屋を飛び出していく。
靴底は柔らかく床を蹴り足音を立てない。少女にとって薄闇は真昼と変わらない。洞窟の中ですらランタンを使う必要がない。吹き抜けになった二階の廊下から無人の階下をちらりと見下ろし、手すりをひょいと飛び越えた。体を丸め膝を曲げ、狙った通りの床の上に猫の子みたいに着地する。
外套を羽織りながら裏口にまわって外に出た。頬に当たる秋風がひどく冷たくて、アイリは軽く身震いした。神殿軍の連中が巡回してやがるかなあと思ったけれど、構うもんか、見つからなければいいだけの話。外套のフードを引き上げ、裏通りを選んで走りだす。あの大きな星は南の空、アークフィア大河の方に落ちたと思う。
見上げれば満天の星で、天の川が白く烟るようであった。天蓋に広がる紫紺のヴェールと散りばめられた星々の美しさに胸をつかれ圧倒され、両手を広げて深く息を吸いその場でくるりと回転した。外套の裾と結った髪が揺れ、少女の伸びやかな足に手に首筋に軽く音を立てまとわりつく。
あ、なんか踊れそう。
踵と爪先で二度ずつ交互に路面を蹴った。
今絶対に踊れる。
でも道端で踊ったりはしないのだ、さすがに。
あらゆる物には音がある。呼吸にあわせて、脈動にあわせて、風にあわせ光にあわせ押す力引く力、自転にあわせて、それぞれの方法で鳴っている。命のない無機物や死者すら彼らのリズムを刻んでいて、遠い星空の音を今、確かにきいた。その音を思い出しながらもう一回くるりと回転し、背中がぞくぞくするなあ、この音を体が覚えていられたらいいな、忘れても思い出せればいい。パリスを起こして連れてくればよかった。あいつ音なんかわかんないけど星空すげえのはわかるから、星すげえ! 秋空すげえ! って二人でワーワー盛り上がれたのに。ネルが一緒ならもっと楽しいというか最高だな、ひばり亭にいないから無理だけど――キレハ! そうだ寝台まで潜りこんで、くすぐり倒して起こせばよかった! どうせ隣の部屋なんだし。あの人無茶されてもあんまり怒らないよね文句は言うけど。それがいい! ってこないだテレージャと盛り上がった、テレージャは短気だからなあ私と同じで。でもキレハは怒らない。すぐ動揺したり愚痴ったり冷たくしようとする癖に、色んなことすごく許してる。あの人好きだ、優しいから。
優しいなんて理由で他人を好きになったことに驚き、その驚愕で我に返る。ゆっくりと回転しながら仰向いた顔と体はいつのまにか後ろへ倒れこみ、垂れた髪の先が地面につきかけている。上体をぐいと起こして結局踊ってしまったのをちょっとだけ反省する。反省しながら、わー、そうか、そこが好きだったのか! という感動もまだ続いていて、気持ちが色々忙しい。朝になったら優しいから好きだって言ってやろ! やっぱり誰かとくればよかった、思いついたことをすぐに全部伝えたくってうずうずする。急にわくわくした気分になって、全力で駆けだした。
神殿は神殿軍に接収されて連中の本拠地になっていて、連中はホルムの住人と探索者をおいしいパイにたかる蝿と見なしているうえに魔法使いと夜盗を排除すべき敵として忌み嫌っているのだから、一人でその四つを兼任しているアイリは聖なる処刑人たちにとってある意味至高のスーパースターだ。当然神殿には近づかない方がいい
、近づくべきでない。
というのを頭ではわかっているのだが、未だかつて一度も理性のいうことをきいた試しのないアイリの本能が、神殿へ行こう! 行こう! とうるさいので、わざわざ進路を変更し、正面から様子を伺いに行った。巫女長のアダにはエンダの件で一つ借りを作ったつもりでいて、老婆の無事が気になっている。
神殿の正面の高い列柱の下にはいくつもの篝火が揺れ、白い甲冑に身を固めた僧兵たちが長槍を手にうろつきまわっている。無規則に見える連中の動きは、しばらく観察していると統制のとれた隙のない哨戒だとわかり、少し離れた路地の影に隠れたアイリは、七、八、と数え、歩哨に立つ彼らの数が十人を越すのにげんなりした。ああそう、たくさん来てるのね。暇かおまえら。揺れる炎に照らしだされた男たちの顔は遠目にもひどく緊張して見える。目深にかぶったフードの下で、アイリはちらりと皮肉げな微笑を浮かべた。聖所で坊主どもが怯えている。神殿に手伝いに行っていた女たちからきいたところによると、あの日、巫女長は貧乏人たちの列を追い立て神殿に踏み込んできた神殿軍の男どもを相手に一歩も引かず武器を下ろせと叱りつけ、「自分たちのやってることもわかりゃしないのかい馬鹿どもが」と一喝したそうだ。大剣と聖杯旗を掲げ持った大神殿の連中より、あの婆さんの方がよほど道理をわきまえている。
その道理のせいで辛い目にあっていなければいいのだけれどと思い、笑みを消して真面目な顔になった。
神殿の列柱の奥の暗がりには、大勢のざわめく気配がある。今忍びこむより昼間に信者のふりをしてふらっと近づいた方がいいかなあと考えたところで、首筋にちりっと焦げつくような悪寒が走った。見られている。
様子を伺う真似はせず、いきなりくるりと振り向いた。
視線の先で黒々とした影が一つ、慌てた動きで建物の間の路地に姿を消した。飛び込んだ先でバタン、ドスンと重い音がして、アイリはひとつ瞬きした。星明りの下にちらりとだけ見えたその姿は、明らかに農民のおっさんであった。
「えっ、夜も変装したままなんだねシーフォン」
思わず突っ込むと、間があった後、物陰から
「おまえかよ!」
と不機嫌さを装うか細い声が返ってきた。あっ、すごいびっくりしてる。見間違えはないと思ったがやっぱりシーフォンであっていた。アイリは外套の下で握りしめた短剣から手を離した。
路地裏を覗き込んだら、シーフォンが両手をつき片膝を立て尻を浮かせた実に中途半端な姿勢で座りこんでいた。どうやらすっ転んだらしい。フードを下ろして目があうと、「こんな時間にうろうろしてんなよ、バーカ! 何やってんだよ!」と小声で罵られる。
「驚かせた?」
「驚いてねえよ!」
「そりゃよかった。それであんた何やってるのこんなところで」
尾行されたかとちらりと思ったが別にそういうわけでもないようで、
「何って決まってるだろバカ」
と言いながら立ち上がるシーフォンは、この偶然の出会いを心底嫌がっている気配だ。
足元に落ちていた杖を拾うと、シーフォンはそれを頭上に高々と掲げてみせた。杖持ってたらあんまりというかますます農夫には見えないなあと思っていたアイリの前で、シーフォンが宣言した。
「復讐だ」
アイリはまじまじとシーフォンを見つめた。
復讐?
「ねえシーフォン。今日の午後、私とネルと一緒におやつのフルーツプディングを食べたあと、一体あんたに何が起こったの?」
「うん、何があったかはその時に説明した記憶があるんだけどよ?」
「ごめんね、プディングと一緒につけ髭をもぐもぐしてマジ切れしてたあんたが面白くて正直話は全然覚えていません」
「死ねクソ女。神殿軍の糞坊主をちょっとからかってやったら、妖術師呼ばわりされて追い掛け回されたって話だよ」
「……それの仕返しに? 神殿軍がいるとこに来たの? たった一人で?」
「そうだ」
気負いもせずにさらりとそう言ってのけたシーフォンに、アイリはいささかならず感銘を受けた。神殿には魔術を防ぐためにそれなりの結界が張られているはずで、ついでに言うと神殿軍の根城になった今、結界はさらに強化されているはずだ。僕様は天才だからなという口癖は満更嘘ではなかったようで素直に見直した。「すごいねきみ」と賞賛し、続けて「具体的に何するの、私にも手伝わせなよ」と申し出た。我慢して静観しているしかないと諦めていた自分が情けない。諦めてはいけなかった、一人でもこうやって闇に隠れてこそこそしながら、それなりに抵抗はできるものだったのだ。
杖を地面にとんとついたシーフォンは、少し得意げな顔になっている。
「助けはいらねえ。もうすんだ」
「すごい、魔術師すごい! 何したのって待って言わないで当てる! あれだ、坊主がぬるぬるの蛙になる呪いをかけたとか!?」
「違ぇよ。でもま、近いな」
「近いの!? ますますすごい! あっあっあっ、もしかして! 全員の肌が緑色になったりするとかそういう!?」
「なんの意味あんのそれ? ていうかおまえ期待しすぎてない?」
「そう言われるとあらゆる物事に全力で期待する方だねえ。それでなに、何? どんな復讐したの!?」
シーフォンは悪の魔道士めいた邪悪な表情でクククと笑ってみせて、アイリは本格的にわくわくしはじめた。
「神殿の周囲には強力な結界が張られているからさすがの僕様も手出しができねえ」
「うん、うん」
「そこで僕が目をつけたのは連中が必ずそこを通る大通りだ。従属させた大地の精霊の覚醒によって生じた虚無に<混沌>の力を具現化させ、奈落へも続く汚泥を満たしてそこに踏み込んだ奴らに驚愕と苦痛と屈辱を与えると同時に身にまとう神聖の象徴を冒涜してやるって寸法だ」
一言も噛まずにそう言い終えたあと、シーフォンはうっとりと両目を閉じた。長い沈黙のあと、アイリが言った。
「つまり道に落とし穴を掘って服が汚れるように泥を入れたのね?」
「そうだ。見つからないようやるのが大変だったがそこは僕の天才的手腕によって」
親切そうな笑みを浮かべたアイリが南を指差した。
「ところでシーフォン、さっきすごく大きい流れ星が落ちたんだけど見た?」
「おい! きけよ!」
「うん大丈夫そんなにがっかりしてないから安心して、それで私、そのすっごい流星にびっくりしてひばり亭を出てきたんだけどさ、あんたも一緒に河まで行く?」
「流星群の季節だから珍しくもねえよ、行かねえよどうすんだよ行って」
「落ちた星の欠片を探すの」
とっさに人差し指の第二関節を薄く開いた唇にあてかわいらしく上目遣いで言ってみたところ、シーフォンは靴底で踏みつぶしたトマトの皮などを見るような目つきで、うわぁー……とつぶやいた。もはやちゃんとしたつっこみすらくれないらしい。顔も知らぬ生みの親が唯一与えてくれたこの華麗なる美貌に屈せぬとは、失礼なうえに価値もわからぬ馬鹿者だ。まあ白状すれば今までに誰からも一度たりとも屈されたことがないのだけれど。
しかし小さな橋のたもとに下りて川沿いに進み至聖所を見上げるアークフィア大河のほとりまでの道のりを、ブツブツ文句を言いつつちゃんとついて来やがったので、付き合いはいつものように大変よろしいのだった。揺れる葦の群れに踏み込んでいくアイリからは離れ、シーフォンは岩場によじ登っていく。てっぺんから顔を出し、シーウァ軍によって封鎖され近づくことのできない港の様子をしばらく伺っていたが、やがて舌打ちし、傾斜を滑り下りてきた。
「どうー? 何か変わったことあったー?」
靴紐を結んでひとつなぎにした靴を首にかけスカートの裾を色気なく捲り水に入る準備を整えながら、アイリはのん気な声を大河の波音の間に響かせる。
「大声出すな。見つかると面倒くせえぞ」
「んー? もっとこっち来なよ、声きこえない」
素足になってバシャバシャと浅瀬に入っていく。
夜の大河は昼よりも流れが速く、波音も大きく、貪欲にすべてを飲み込もうと待ち構えているように感じられる。広がる大河を見渡すが、輝く物はどこにもない。ほんのりと光って揺れるのは、手も届かぬ遥かな高みの星明りに照らされた連なる波頭に過ぎないのだった。
足の裏で小石を踏み、慎重に水深と水の流れを測りながら進み、浅瀬の途中で立ち止まった。秋の水は身震いするほど冷たいが、この冷たさは嫌いじゃない。でも星はない。どこにもない。
「大きな流れ星だったから、このへんに落ちたかと思ったんだけどな」
肩を落としてそうつぶやくと、「そんなわけあるかボケ」と遠くから言われる。なんだよ耳いいなあいつ。
ざぶざぶ波をかきわけて岸に戻っていき、河原に打ち捨てたマントの裾で足を拭って靴を履き直した。両脚がかじかんでいる。膝を屈伸させて体をほぐしていたら、近づいてきたシーフォンがべりべりとつけ髭をはがしながら、大体流星なんてなぁ、と言う。
「あれ光ってるのはエーテルのせいだからな。地上に落ちたら石だぞ、石。単なる黒い石」
「えっ!?」
「お伽話みたいにキラキラしてねぇっつーの」
「じゃなくて見たことあるんだ!」
「前にな」
沈黙してからぽつりと「エルパディアの大学で」と付け足し、直後に顔をしかめた。言わなくてもいいことを口にした、そのような表情だったが、アイリは少年の逡巡にはまるで気づかぬまま、興奮した顔でぐぐっと拳を握り締めた。
「すごい、流星ってほんとに落ちて来る物なんだ!」と叫んだ。
「あれ流れてるのはそもそも単なる目の錯覚かと思ってたよ! 燃えながら地上に落ちてきてまだ燃えるとか、レナ義母さんはレベルの違う大嘘つきだなと今の今まで! 死後十二年を経て明らかになったこの真実ってパリス! パリスに言わなきゃ! ぎゃあああ、やっぱりあいつ起こせばよかったよ!?」
「おまえ今ここで何してたんだよ。流星を探しに来たって言ったよな!?」
「だから万事に全力で期待する方なんだって、万が一に賭けて! すごいすごいすごい、じゃあいつか私も拾える可能性があるわけなんだ、すごいぞそれは!」
興奮しきったアイリはすげえ! 落ちてるんだ! と言いながらその場でぴょんぴょん飛び跳ねて、揺れる髪がぴしぴし顔にぶつかったシーフォンは「だああ、鬱陶しい!」と手にした杖の尖ったところでアイリの背中を容赦なく突き、離れたところへ追いやった。
「騒ぐな、暴れるな、静かにしろ!」
背中は痛いしてきぱきと罵倒されるしでさすがに腹が立つ。叩いてやろうかと思ったが、シーフォンは占領下の町で騒ぎ立てることへの危険性についての説教を開始しており、殴りかかる隙がないうえに説教自体も妥当な内容だったので、今杖で突かれた分は貸しにしておくことに決めた。
「……というわけだから音を立てるなバカ! おまえが死ぬのは勝手だけど、僕と一緒の時はよせ!」
そういうこと言うのやめてよね真剣に腹立つからそれに言っとくけど私はあんたが勝手に死ぬのは全然許さないからねと反論しかけ、文脈と関係なく出てきた単語の方に気を取られ、そっちについて語りたくなったので、素早く話を遮った。
「ところでシーフォン、音を立てるといえばさ」
「マジで死ねよバカ女。おまえ耳にウンコでも詰まってるの?」
「詰まってるならそれって必ずあんたのクソだと思うよ、耳と便所を間違えるような間抜けはホルムじゃあんただけだしさ、それはともかく、星って空で鳴ってる?」
「誰が間抜けだクソが。ああ? 天球の曲のことか? くっだらねえこと知ってんなあ。どこでそういうの覚えてくるわけおまえ?」
話が速いので感心すると同時に、ああやっぱり本当に音がしてるんだ、あれ聞こえるの私だけじゃなかったんだと感動する、安心する。魔術師は色んなこと知っててすごいなあ。デネロスから薬草を買うだけじゃなくて魔術も習えばよかったと思うけれど、少し遅かったのかもしれない。いやいや、死んだと決まってない。生きているならまた会えるはずだ。
「それ魔術師は皆知ってること? ねえ、私さっき道でその音をきいた気がするんだけど」
「気のせいだ」
「そうかな」
「気のせいだ。地上できこえるもんじゃねーよタコ」
「えっ、じゃあどこできくの? 水の中? シーフォンはきいたことある?」
シーフォンが突然ひどく真面目な顔になった。眉や唇の端に呪いのように張りつき、いつも少年の表情を歪ませている傲慢さと無為な苛立ちと嘲りが、拭い去られたように消え失せる。農民風の古ぼけた汚い帽子の下、天を振り仰ぐ横顔は、それこそが神官めいた敬虔さだ。
「ない。僕にはまだ無理だ」
と低い声で言った。
来た時と逆の経路でひばり亭へ帰る道すがら、唐突に会話が途切れた。どうやらシーフォンの体力が尽きたらしくて、探索中に時々そうなるように、ここで倒れこまれたらどうしようと心配になる。ネルかアルソンがいれば背負って帰ってもらえるんだけれど、アイリ一人ではそれも無理だ。
案の定背後から「だりぃ、疲れた、歩くの面倒くせー」という弱々しい罵り声がきこえてくる。
「あんたどれだけ魔法使ったの」
「うるせー、てめえに会わなきゃ余裕で体力温存できてたっつーの。今頃あの臭ぇ宿屋でぐっすり寝てたとこだぞコラ」
「あのねひばり亭が臭いなんて言ったらオハラに出っ張ってるとこ全部引っこ抜かれちゃうよ、あの人ほんとすごいんだからね。参ったなあ、おやつ何も持って来てないや。川の水飲んでも元気にならないよね?」
「魚じゃねえんだぞ」
「魚だって体力回復しないでしょ。するのかな。あ、だからあいつらずっと泳いでられるのか」
歩調を緩めずそう答え、返事がないので振り向いてみれば、川原の平たい石の上にシーフォンが座り込んでいる。杖を両手で握りしめて前かがみでおじいさんみたいになっていて、なんで魔法使い連中はこんなに体力がないんだろうと呆れる。でも自分にも担いで帰るほどの力はない。
「やっぱさー、三人いないと駄目だよね?」
「チョコレートまるごと食いてぇ……でなきゃかぼちゃのパイ」
「あんた時々エンダみたいになるよね。戻って食べ物だけ持ってくるかな? キレハがおやつ持ってないかな……あっそうだ、キレハと言えばあの人すごく優しいよね。ってこれ知ってた? 言うまでもない?」
「おい」
「うん?」
「うるせえから黙ってろ」
えええ、なんだよー、パリスと同じようなこと言っちゃって。男連中ってどうしてそろって同じ台詞を口にするのかね。そういえばメロダークにも言われたな、全員で打ち合わせているわけでもあるまいにって打ち合わせてたら面白いけどこの三人で仲良くしてるとこあんまりピンと来ないなあ、ラバン爺かアルソンが混ざれば話は別だけど、と例によって例のごとく思考は勝手な方向に暴走しはじめる。でもその一方でここは路上から丸見えだから橋の袂まで連れていってそこでしばらく休ませよう、男女の二人連れの方がシーウァ兵たちに見つかった時言い訳がきく、そういったことを冷静に考えている。
探索を始めた最初の頃に、あっ、そうか、あれはこういうことなのかとひとつ気づいて理解して決意したことがあって、つまり仲間を見捨てたことは一度もないと胸を張って言える自分でいるのだと決めている。そうすれば多分、どこかでうっかり命を落としたとしても、そこそこは平気な感じに死ねるのではないかと思うのだ。縁もないガキどもの面倒をみて最期には処刑台にたどりついたレナ義母さんのように。
シーフォンの方へ一歩踏み出した時、杖にすがったままのシーフォンが顎を持ち上げ、「お、すげえ」とつぶやいた。魔術師の視線を追いかけて天を見上げれば、明け方に近づき暗闇の深さを増した夜空を埋めた星々の間から、果実が弾けるように無数の流星がそれぞれに白い尾を引き青白く輝き、地上へ、大河へ、古代の遺跡を眠らせる占領下の小さな町の上へと、分け隔てなく降り注いでいくところだった。
end