暴動後/黒陰 ホルガー コート
「おー」
「おー」
「おー」
(くんくん)
(くんくん)
「狼はお尻の匂いを嗅ぐ癖を直してほしい」
「それは無理。鷹が虫を食べるのと一緒だから」
「僕は虫を食べない。言いがかりはやめてほしい」
「じゃあ馬が二本足の髪を食べるのと一緒だから」
「私が二本足の髪をむしゃむしゃするのは、毛づくろいです。あれは感謝の表現です」
「嘘だ」
「嘘はやめてほしい」
「本当です。時々むしゃむしゃ食べてしまいますが、それは単なる間違いであり些細な失敗なのでおまえらの誤解です」
(くんくん)
「やめてほしい」
「無理」
「ううううう」
「ううううう」
「静かに。全員静かに。ここが町中だと忘れないでください。それに今日集まったのはそんな話をするためではないです」
「馬は威張ってる」
「馬は威張ってるので威張らないでほしい」
「私は威張っていません。声と体が大きいだけです。あとおまえらよりも頭がいいだけです」
「やっぱり威張ってる」
「やっぱり威張ってるのでやめてほしい。声と体が大きくても偉くはない。考えを改めてほしい」
「話を進めます」
「おー」
「おー」
「ご主人様が二本足じゃなくなった件についてです」
「おお……」
「おお……」
「はい!」
「はい、狼」
「今の姉さんは俺にそっくり。きっと俺が一番好きなのでああなった。俺は嬉しい」
「はい!」
「はい、鷹」
「狼は馬鹿なので発言しないでほしい」
「うううううう」
「うううううう」
「三匹しかいないんだから喧嘩はやめてください。三匹のうち二匹が馬鹿だと全員が馬鹿だと思われます。私がとんだとばっちりです」
「姉さんは皆賢いと言ってたぞ」
「僕はそれはキレハさんの気遣いだと思う」
「静粛に。私が一番頭がいいです。お利口ね、と言われるし、いつもご主人様を乗せているし、足も速いです」
「俺もお利口ね、と言われた。足も速い。兎とか鹿とか美味しい物を捕まえてくるのは俺だし、いつも頭を撫でてもらっているし、大体俺は弟なのですごい」
「僕もお利口ね、と言われる。兎も捕れる。遠くまで偵察に行くのは僕だし、何かあったらお使いにだされるのも僕だし、キレハさんは僕を一番頼りにしているのではなかろうか。馬と狼は認識を改めてほしい」
「うううううう」
「うううううう」
「うううううう」
「話を進めます」
「はい」
「はい」
「ご主人様は現在、町の南の洞窟にいて、ご主人様と特に親しい例の二本足に世話をされているようです。ご主人様と親しい別の二本足たちがしゃべっているのをききました」
「はい!」
「はい、狼」
「姉さんは捕まっているのか?」
「それは違うと思います。二本足はご主人様においしいご飯を運んでいるようです。私が推測するに、居心地のいい馬小屋で休んでいるような状態なのではないでしょうか」
「はい!」
「はい、鷹」
「キレハさんと特に親しい例の二本足は治す魔法使いなので、あれに世話されているキレハさんは、僕みたいに怪我をしたのではないだろうか。無事を確認してほしい」
「それも違うと思います。昼の間、二本足はご主人様と棒で遊んでいるそうです」
「棒!?」
「はい、二本足がまず棒を投げるそうです」
「棒を投げる!?」
「ご主人様がそれを取りに行くそうです」
「棒を取りに!?」
「ご主人様がその棒をくわえて、二本足のところに戻ると――」
「ごくり」
「二本足がまた棒を投げるそうです」
「また棒! ううううううううらやま、ワォーン!」
「狼は遠吠えをやめてほしい」
「私もやめてほしいと思います。しかし興奮したときは仕方ないです。鷹がくるくる回転するのと同じです」
「僕はたまにしかくるくるしない。ひどいいいがかりはやめてほしい」
「ワォォーン! ウォオーン!」
「キレハさんはまた二本足に戻れるのかな」
「わかりません。でも今のご主人様では私に乗れないでしょう。私は危機的状況にある自分を感じます」
「僕を呼んでくれない。キレハさんの口笛をきくとしゃんとするので二本足に戻ってほしい。ご飯をくわえて戻ってきた時、止まるべき腕がないとがっかりなので、二本足に戻ってほしい」
「狼」
「ウォ、ウォ、ワー!」
(がぶり)
(ばさばさ)
「狼は落ち着きなさい」
「狼は落ち着いてほしい」
「おまえらはひどい。ガフガフ。俺は落ち着いた。俺は姉さんが俺みたいになったのは嬉しいが、姉さんの目つきが不安。俺を美味しい物と勘違いしていないだろうか」
「私も不安です。私とおまえらは皆不安です。そこで私は提案したいのですが、全員で一度、ご主人様に会いに行くのはどうでしょう。そのうえで、二本足に戻って頂きたいとお願いしましょう」
「おー」
「おー」
「でも馬はちょっと待ってほしい。僕と狼はいいけれど、馬はここから出られない」
「大丈夫です。私は私を世話する二本足を容赦なく蹴倒して脱走します。多少胸が痛みますが背に腹はかえられません」
「おお」
「でも町は二本足がいっぱいいる。馬と鷹はいいけれど、俺は追いかけられる。俺は怖くないけど、二本足はやっつけたら駄目って姉さんに言われてる」
「その点については私もすでに考えました。私とおまえらは夜に行けばいいのではないでしょうか」
「僕は鳥目なので夜はやめてほしい」
「おお」
「おお」
「あー」
「うー」
「おー。お。おお? 夜に、馬に鷹が乗っていくといい。次の夜に、帰ればいい。俺は追いかけられないし、鷹も姉さんが見れる」
「はい!」
「はい、鷹」
「狼が賢いことを言うと悪いことが起こりそうなのでやめてほしい」
「うううううう」
「うううううう」
「仲良くしてください。ご主人様が悲しみます」
「はい」
「はい」
……
…………
「ううう」
「ううう」
「ううう」
「馬」
「はい」
「話を進めてほしい」
「ううう。無理です」
「馬」
「はい」
「さっさと話を進めろ。いつも威張ってるくせに」
「ううう。無理です。私は馬ではなくもはや美味しい物に過ぎません。ご主人様にあんなに涎を垂らされては、足が速くても、頭がよくても、なんの意味もありません」
「美味しい物扱いされたのは僕も同じ。狼は本気でがぶっとやられた。馬は自分ばかり落ち込むのをやめてほしい」
「ううう。無理です。鷹は飛んで逃げられますし、狼は走ってふりきれますが、私はご主人様ががぶりと来たらがぶりと食べられます。所詮狼や鷹のような肉食獣にはわからないことです」
「馬は命の心配をしているのかキレハさんの心配をしているのかはっきりさせてほしい」
「ううう。ううう。俺たちどうしたらいいんだ」
「どうすればいいのかわかりません」
「どうにかしてほしい」
「ワォーン!」
「ブルルンブルルン」
(ばさばさ、くるくる)
「はあはあ」
「はあはあ」
「はあはあ」
「私は落ち着きました。話を進めます」
「よかった」
「よかった」
「今回の訪問で、こちらに近づいてはいけないというご主人様の命令を無視した結果、私とおまえらはひどい目にあいました。涎を垂らしたご主人様にごはん、ごはんと追いかけられるのは、精神的外傷を残す体験でした。ご主人様には早急に二本足に戻って頂きたいです。そのために」
「ごくり」
「ごくり」
「毎日、一生懸命、二本足に戻るようお願いしたいと思います! がぶりとされない遠くから!」
「名案!(ガフガフ)」
「名案!(ばさばさ)」
……
…………
「やあおはよう」
「……」
「夕べもまた大暴れして脱走したんだって? アルソンがさすがに参ってるよ。週に三度も蹴倒されちゃあ、体が持たないと――今日は罰として林檎はなし、ブラシもなし、散歩もなし、アルソンもなしだ」
「……」
「ちょっとは大人しくしていろよ。町中は獣の場所じゃない。あっちもこっちも、ただでさえ殺気立ってるんだ。鍋にして食われちまっても知らないぜ」
「……」
「……」
「……」
「多分いつか」
「……」
「いや、早いうちに連れ戻してやるから、待ってろ」
「……」
「おい。おい――おい」
「……」
「痛てて……僕の髪の毛なんて美味くないだろう」
「……」
「きみらは気楽だね、まったく」
生まれついての獣にこのように声をかけたところでわかりはしないかと銀髪の魔術師は苦笑し、身をかがめ、桶の中に飼葉を足してやる。狭い馬房の中、馬はなんの心配も考えもなさげな顔で、のんびりと口を動かし、しゃくしゃくと小さな音を立て、美味しい藁を噛んでいる。
end