オープニング前 / 顔1ウェンドリン
白い花、黄色い花、空みたいな水色と藍色、細かな真紅と大きな薄紅、紫、翡翠、青緑。橙色の実、緑の葉、しゅっと伸びた萌黄の茎、淡い黄緑色の蔓、野原の色を全部束ねてまとめて編んで、今年もホルムの丘に咲いた春を冠にしたの。
お城に帰ってフランにあげようと思ったら、召使いの大部屋にフランはいなかった。フランは病気だから、別の部屋で寝ているんだって。昼に遊べなくて夜も遊べないなんてつまらない。お見舞いに行こうとしたらゼペックに止められる。「ウェンドリン様まで風邪をひいたら大変ですよ。フランが治るまでそっとしておいてやってください」しかたがないから花冠をゼペックに渡して、フランにこれをあげて、と頼んだ。「これはかわいらしい。フランもきっと喜びますよ。ウェンドリン様は手先がお器用ですな」ゼペックはなんでも誉めてくれるからなにも誉めてくれないのとおなじだ。お父様もそうだ。お母様だって。お城の大人はつまらない。フランはなんでも誉めたりしない。ちょっと困った顔になって「ウェンドリン」っていう。ううん、「ウェンドリン様」って。フランはわたしの友達。でも春になってから、一緒に勉強したり遊んでくれなくなった。駄目ですウェンドリン様って困った顔でいうの。なんで駄目なのかな。そうだ風邪ならわたしの寝台で眠ればいいのに。お父様からいただいた熊の毛皮があるのよ。「フランはフランで暖かくしておりますから、大丈夫ですよ」ゼペックはフランに会わせてくれない。つまんないの。わたしを部屋まで送ってくれるゼペックに(でもほんとはわたしが逃げ出さないように見張ってるの。知ってる)、なんでフランはわたしのことウェンドリン様って呼ぶの? ってきいてみる。様なんて嫌い。わたしはウェンドリンでフランはフランよ。「いやこれは困りましたな。ウェンドリン様のお気持ちは嬉しいことですが、フランは使用人ですから」
フランはすごくかわいいの。お行儀もいいし、お利口だし、お勉強もできるし、お菓子が一つだけならにっこり笑って、どうぞ、って言えるし、わたしよりフランの方がお姫様みたい。フランにはとっても花の冠が似合うのよ。「ウェンドリン様にもよくお似合いですよ」そういうこと言ってるんじゃないの。フランの話なの。もう。
お父様が廊下の向こうからいらっしゃった。わたしたちを見つけると、うれしそうに笑って「ウェンドリン」と手を広げられたから、走っていってどーんと飛びついて抱っこしてもらう。頬ずりされたらおひげがとてもくすぐったい。「お利口だね、ウェンドリン」何もしてないのになんでお利口なの? お父様、フランはお姫様みたいだと思わない?
「そうだねフランもお姫様だ。でも私にはお前が一番のお姫様だよ」
もう。もーう。そういうこと言ってるんじゃないの。お父様がゼペックにそれはなんだねってきいたから、わたしが先に答えてさしあげる。「フランにあげるの。お姫様の冠よ」お父様が「上手にできたね」って、ほらまた誉める! ちゃんとご覧になってないのに、もーう! フランはちゃんと見てくれるのに。「ウェンドリン、おまえの冠はないのかね?」ないわ、冠は一つしかないのよ、お姫様は一人だけだもの。これはフランの冠よ。ゼペックとお父様が顔を見合わせて笑ってる。二人ともなんだか困ったお顔をしているの。お父様もゼペックもちっともわかっていないわ。去年は丘に二人で行ったから、わたしの冠もあったのよ。わたしの冠は、フランが作って、どうぞ、ってしてくれなきゃ駄目なのよ。フランにお姫様の冠をあげられるのはわたしだけだし、わたしにお姫様の冠をくれることができるのはフランだけなのよ。
end