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ミルドラは人間の元となる土に子種をかけた。こうして生まれた人間は、土と神の両方の性質を持つ。死後、肉体が土に還り、霊魂が天界か奈落へと導かれるのはこのためである。すべての魂が奈落へと赴かないのは、種のかけかたにむらがあったためである。



タイタスによって平地へと導かれた最初の人たちは人よりも猿に近く、タイタスが撒くように命じた種をその日の夕食として食べた。落胆したタイタスは次に早朝に種を渡したが、彼らはこれを朝食として食べた。忍耐の人タイタスは三度目に種を昼に渡し、彼の目の前で撒くように命じた。鋤を入れた大地は柔らかく、アークフィア女神の恵みによって肥沃であった。埋められた種はたちまち芽吹き、人々はこの若い芽を昼食として残さず食べた。タイタスは仕方なくおやつとして彼らにチョコレートを与えた。この叡智により、大地は緑の恵みに満ち、麦は人々の物となった。






ダーマディウス将軍が鉄の串に刺し街道脇に晒した罪人たちは、夜になると串から離れ、上下に穴の空いた姿で帝都に戻り、自宅で朝まで家族と過ごした。将軍の目に触れず自由にできる時間が深夜しかなかったためである。帝都に暮らす人々はそのうち己も死ぬことを知っていたため、皆死者に寛容であった。門番は夜になると都の門を薄く開いて死者たちを招き入れ、夜明け前にはまた門を薄く開いて死者たちを送り出すのが慣例となっていた。
しかしある日、ダーマディウス将軍が日暮れまでに市内に戻れず、門の前で一夜を過ごすことになった。そうとは知らぬ死者たちが街道からぞろぞろとやってきたのを見て将軍は絶句し、死者たちも絶句した。二度串刺しにされるかと震え上がった死者たちであったが、意外なことにダーマディウスは腕を組み一歩もそこを動かず、死者たちが目に入らぬかのようにただ沈黙を守った。当時は規定の時間外に労働するという概念がなかったためである。
この一件の後、帝国には残業と残業代が誕生した。

なお規則を破り死者のために毎晩門を開けてやっていた門番たちは、翌朝、ダーマディウス将軍によって串刺しにされた。串刺しの死者たちは新入りとなったこの門番たちを特に丁重に扱い、後には彼らのために墓までを作ってやった。


 

箱舟



 善なり智なり聖なる預言者エルは、アークフィア女神が帝都を滅ぼそうとしていることを知った。
 エルはあらゆる獣のつがいと少数の善人を乗せられる巨大な箱船を造る一方、自ら街角に立ち、人々に改悛とやがて来る滅びを説いた。富や財宝など虚しく、それらを捨て去らねば結局は魂まで滅びることになると語るエルを、堕落した人々は疎み、石もて追うた。大聖エルは人々を憎まなかった。また町に戻り、今度は改心を勧めるのではなく、自分を見習って頑丈な船を造るように説いた。
 アルケアの人々は悪い心を持ちまた愚かであったが、危険を顧みず帰り来たエルの言葉は、ついに彼らの心を打った。
 こうして帝都では四角く頑丈な箱を作り、財宝を入れて大河に投げ込むことが流行し、絶望したエルは予定より早めに箱船に乗り込んで、その扉を閉ざした。このため一角獣をはじめとするいくつかの獣は運船に乗り遅れ、洪水とともに滅んだ。一方愚かな人々の作った箱は建物のすみっこなどに引っかかり、洪水が引いたあともそこに残った。後の封印された小箱である。


琥珀



 アルケア帝国タイタス四世の治世まで、琥珀は大神ハァルとゆかりのある宝玉とされていた。
 これは雷気を帯びたニョロ、つまりフナットが死ねば溶けて琥珀になると、アルケア王国で長く信じられていたためである。また当時のアルケアではニョロ及びフナットに琥珀を投げつけると彼らが死ぬということが、広く知られていた。

 しかしシバの哲人イクタイエスは一年に渡って琥珀、水晶、黄水晶、紅玉、青金石など様々な宝玉をフナットに投げ続け、「何をぶつけてもフナットは死ぬ」という事実を発見した。これにより琥珀にまつわる伝説はただの言い伝えとなった。
 こぞりて讃えよ、宝石を湯水のように使われても咎めることのなかったタイタス四世の寛大さを。


end

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