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夢でどうのこうのみたいな題名

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 夜の浅い眠りの中で女が部屋を訪れる。
 戸口からは階下の明かりがさしこんでおり、部屋を包むほのかな薄闇の中、白い巫女装束をはらりと脱ぎすてた少女は、ためらいもなく寝台に近づいてくる。
 ――やめろ、マナ。そんなことをしてはならない。
 そう思うが体が痺れたようになって動かない。神殿の少女は誘うようなほのかな媚を含んだ笑みを浮かべ(そんな笑みを実際に見たことはない、少女の笑顔はいつも単純な幸福に満ちている。だからこれは夢だ)、乳房を隠し、大胆に寝台の端に膝を乗せる。明け方の光のように白い手を伸ばし、男の太腿に触れる。
「メロダークさん、今日も私をご覧になっていましたね。探索の時にあなたの視線を感じました。あなたのような大人の方が、こんな小娘を……恥ずかしいと思わないのですか? ああ、もうこんなにしていらっしゃる」
 太腿をあがってきた手が彼の男の部分で止まり、顔をあげたマナは、いつものあとけない気遣いを含んだ微笑を浮かべる。
「メロダークさん、お辛いんじゃないですか? 私でよければ、お助けします。どうすればいいのか教えてください。どうしたらあなたが幸せになれるのか――私、何も知らないのです――教えてください……私を大人にしてください。したいことをしてください――」
 マナ――マナ。
 手首をつかみ引き寄せると少女は熱い息を吐く。細い体は簡単に壊れてしまいそうだ。いいの、と少女はつぶやく。壊してください。どうせ邪悪な器となるための体です、私は幸福にはなれません、だから乱暴にしてくださっていいんです。メロダークの理性は、夢の中ですら巧妙に自分が言い訳や逃げ道を用意していることにうんざりし、だから体は止まらず、少女の豊かな乳房をつかんでいる。己のあさましい夢の中で、マナは心地よさげに笑い声をあげる。
「メロダークさんの手は熱いんですね。もっと触ってください。もっと――もっと。色々な人に、もっと残酷なことをなさってきたのでしょう? これでは満足できないのでしょう? もっと、もっと、好きにしてくださっていいのですよ。だってこれはあなたの夢なんですから」



 昼にメロダークに渡したはずのお守りが、ひばり亭の床に落ちている。
 テーブルの下に手を伸ばし、小さなメダルのついた銀の鎖を拾い上げたマナは、階上を振り仰いだ。夜も更け、灯火を落としたひばり亭の二階は、昼間の喧噪が嘘のように静まり返っている。
 少し躊躇したあと、マナは階段を上がっていった。メロダークの部屋の場所は、テレージャやアルソンたちの部屋と同じように把握していた。ひばり亭の一室に匿われるようになってから、少女はメロダークの就寝が案外遅いことや、彼女が自室を訪ねることに不快な様子を見せないことに気づいていた。もっともそれが神殿軍に追われる立場になった自分への気遣いであることを、マナは敏感に感じ取っていた。いつもならひたすら恐縮するだろうその気遣いに対し、今のマナは、むしろ自分から寄りかかるようにして甘えた気持ちをぶつけていた。お守りを握りしめてきしむ階段を上りながら、改めてそのことに気づき、マナは憂鬱な気持ちになった。
 ――弱くて、駄目だ。
 そう思う。
 だが男の部屋へ近づいていく足を止めることはできなかった。
 一度そばにいて、甘えることを覚えて、そうしたらそれが当然のようになっている。ただの探索者仲間である自分の(そう考えると、どういうわけかマナの心臓は、少しだけ冷たくなるようだった)寄りかかっていく弱さは、そのうちきっと男の負担になり、言動とは裏腹に優しいあの人を困らせる……。
 扉は叩かず声もかけず、外から気配だけを伺おうと決めた。それでメロダークがもう眠っているなら起こすことはせず、明日渡せばいい。多分もうお休みになっているはずだ。だから、そんな、お邪魔にはならない。
 だが廊下の一番奥の部屋の扉は、わずかに開いていた。当初の予定通りに引き返すわけにもいかず、
「メロダークさん? お留守ですか?」
 マナはそう囁いて暗い室内を覗き込んだが、部屋は静まりかえっており、こそりとも音がしない。扉をそっと押しあけ室内に踏み込んでいったマナは、小卓のあるあたりを手探りで探り、お守りを置いた。
 背後に気配を感じ、はっとしてふりむくと、寝台から起き上がったメロダークが背後に立っていた。
「あっ、メロダークさ……」
 長衣の肩口をつかんだ手が、ごく無造作に左右に大きく動いた。
 布が破れる音がして、腰から帯が落ちた。
 あまりにも突然で、あまりにも予想外の出来事で、抵抗どころか反応すらできなかった。一瞬の後には、薄い肌着だけを身につけて足元に長衣の残骸と帯を落とし、マナは、無言で裸の男を見つめていた。
 ――え?
 一拍置いて頭に血がのぼる。
「メ」
 ロダークさん、と言いかけたときに、抱きすくめられた。声が喉の奥で消えた。寝台に押し倒される。汗と埃の匂いがして、口を大きく開け、また閉じた。
 何が起こっているのかまったく理解できない。
 天井を見上げ、ぴったりと張りついた男の体の重みを感じた。肌着一枚だけの格好で男と抱き合っている。男の手が肌着の下から入り込んできて乳房をつかんだ。
「あ――あっ……」
 かっと頬が熱くなった。
 かすれた囁き声だけが出た。
「今日は小さいな」
 メロダークがつぶやいた。
 そのまま安らかな寝息を立てはじめた。
 混乱したまま、マナは自分の首のあたりに回された男の腕を両手で押さえ、じっとしていた。乳房にあてられた手が熱い。太腿をはさむこむ足は硬く重い。――身じろぎして余計な刺激を与えたら何か……これ以上、何かが起きる気がして怖かった。
 どのくらいたっただろう。
 マナはようやく勇気を出してほんの少しだけ首を傾けた。目の前にメロダークの寝顔がある。あまり安らかでもなさそうな顔で眠りに落ちている。この距離で顔を見るのは初めてで、見つめるうちにどんどん心臓のリズがおかしくなっていく。
 寝ぼけてらっしゃったんだ、というのはわかった。理解した。多分そうだと思う。今日は小さい……。
(他の方と間違われた)
 そう理解すると、今度は頭の芯が痺れたようになった。鼻の奥がつんとする。
 こんなに近くにいるのに。眉間にしわを寄せたままのメロダークを見つめるうちに、悲しくなっていく。それなのに抱きしめられた体は熱い。体温が高い――腕に大きな傷痕がある。胸元にも。骨と筋肉の固い感触がある。
(他の女の方の夢を見ていらっしゃる)
 改めてそう思い、とても悲しくなったが、腕を振りほどくことはどうしてもできなかった。頭がぼうっとする。
 男の重みで体が痺れてきたころに、メロダークが小さくつぶやいた。
「マナ」
 確かに少女の名前だった。
 はっとして顔をあげると、マナはしばらく男を見つめていたが、やがて思い切ったように顔を近づけ、男の唇にキスをした。赤くなった顔を伏せ、胸元に額を押しつけて、自分も両目を閉ざした。

 乱暴に肩を揺さぶられ、目を覚ました。
 目を開けると真上にメロダークの顔がある。
「説明しろ」
 とメロダークが言った。メロダークの顔の向こうには天井がある。昨日はどこでキャンプを張ったのか、とっさに思い出せなかった。深く安らかだった眠りの余韻を残して、マナはのんびりと微笑した。
「ん……おはようございます……何をです?」
「なぜおまえがここにいるのかをだ」
 瞬きして、一度に記憶が蘇ってき、次の瞬間飛び起きた。窓の外はほの明るい。寝台の中央に肌着姿で眠っており、「あっ」と声をあげ、毛布で上半身を隠した。
「あ――」
 上目づかいに寝台の端に座ったメロダークを見つめる。無茶苦茶に腹を立てているように見えて息をとめた。
「す……すみません。あの、あ……」
「夕べは酒場で別れたはずだ。なぜおまえがそんな格好でここで眠っているんだ。何があったのか、いや、ここで何をしているのか説明しろ」
 椅子の背にかけたマナの長衣と帯を指差した。
「なぜ服が破れている」
「メロダークさんが……」
「なんだと?」
「え、と、お別れしたあとにお守りを……落としておられたから、部屋に伺ったら……あっ……」
 むきだしの肩に視線が落ちている。恥ずかしくなって、もう一度寝台に潜りこんだ。毛布の端から目だけを出して、小さな声で言った。
「あの、メロダークさんが起きてこられたのですが、寝ぼけていて……ほ、他の方と間違われて、私を……えっと……すみません、だ、だ、抱きしめられて動けなくて……」
 メロダークが黙った。
 寝台の端から腰をあげ、立ち上がった。背中で手を組むと、無言のまま、雪山を踏破するような大変な勢いで部屋を二周した。三週目の途中でぴたりと足を止め、戻ってくると、再び同じ場所に腰を下ろした。
「最後までしたのか」
 と言った。
「えっ!?」
「違う、無理だ、そんなはずはない、そうではなくて、何をした……何をされたのだ」
「何も」
「何かしたのだな」
 一瞬で嘘がばれた。
「……」
 メロダークが勢いよく自分の腿を平手で叩いた。
「くそっ、馬鹿者、なんという――これだけ我慢を――酒すら飲んでいない時に――何をしたんだ?」
 マナは毛布の下で体を縮めた。
「あの……キ、キスを」
 勇気をふりしぼり、小さな声で言った。
 沈黙が落ちた。
 頭が真っ白になって、今頃体が震え始める。大変なことをしてしまった。改めて、そう思った。気づくのが遅すぎる。甘えていたから――それで――あんな失礼な、いや、それよりもっとひどい、言い逃れのできない汚いことを、女のくせに……。静寂が耳に痛いくらいだった。怒らせた。もう許してもらえないかもしれないとことに気づいた瞬間、今度は目の前がまっ暗になった。毛布をきつく体に巻きつけ、ぎゅっと両目を閉じる。
 ――この騒動が終わったら、と思った。
 尼僧院へ入ろう。
 それ以外、道はあるまい。明日にはテレージャに紹介状を書いてもらおうと決心した瞬間、メロダークが息を吐いた。
「……それだけか?」
 どういうわけかひどくほっとした声だった。
「んっ……あの……す、すみません。本当に」
「なぜおまえが謝るんだ」
「だって……眠っておられたのに、勝手に……私が」
 また長い沈黙が落ちた。
「待て、意味がわからん。おまえが私にキスをしたのか?」
「ごめんなさい」
 かろうじてそう謝罪して、それでもう限界だった。赤くなったマナが背を向けると、メロダークの手が肩にかかった。
「マナ」
 毛布をひきはがされ、ひやりとして枕に顔をうずめる。
「マナ」
 もう一度名前を呼ばれ、返事せずにいると、滑りこんできた手が顎をとらえた。ふりむかされ、覆い被さってきた男が抵抗の間を与えず、深く口づけをした。しばらくして唇が離れると、耳元に声がした。
「こうか?」
 マナは目を見開き、自分の上に覆いかぶさった男の真面目くさった顔を見つめていた。声が出ない。
「……あっ……あ……あ……」
 メロダークが膝をのせると、寝台がきしんだ。夕べよりもはっきりと意思を持って手が動き、少女の首筋に触れた。
「違うのか?」
 慌てて頭をふると、「もう一度やってみせろ」と囁かれる。頭が痺れたようになってマナは男の顔を凝視していたが、(名前を呼ばれた)昨夜の記憶がよみがえり、震える手を伸ばして男の腕に置き、ためらったあとまた顔をそむけ、言った。
「目……閉じて……」
「マナ」
「見ないで――見られたらできない――」
 くすぐるように指先がおりてくる。男が目を閉じていることを確認すると、まだ躊躇している心を置き去りに、体の方が勝手に動いた。寝台をきしませ上体を持ち上げると、震える唇を寄せた。
 バタンと音を立てて勢いよく扉が開き、アルソンが部屋に飛び込んできた。
「おはようございますメロダークさん! 酒場に例の研ぎ師が来てるんですよ、よければ剣を」
 輝くような笑顔で元気よく叫んだ。
「全部へし折って竈で溶かしてしまえばいいとメロダークさんが言っていた、そう伝えておきますね!」
 室内の様子を一瞬で把握し、笑顔を崩さぬまま臨機応変にそう言い終えると、アルソンは扉を勢いよく閉めた。
 二人は若者が飛び込んできたときと同じ姿勢のまま、廊下を勢いよく走り去っていく足音をきいていた。
 静寂を取り戻した部屋の中で、メロダークが咳払いをした。
 少女の上にもう一度、覆い被さる。さきほどと同じ調子で言った。
「マナ」
 長い沈黙のあと、マナが申し訳なさそうに囁いた。
「ちょっともう、なんというか……無理です」
「……そうだろうな」
 メロダークは体を起こした。ぼりぼりと首筋をかく。
「服の代わりを持ってこよう。待っていろ」
「えっと、外套を貸して頂ければそれで」
 毛布を巻きつけたままごそごそと起き上がったマナが、寝台の下を覗き込み、脱ぎ散らかした靴に手を伸ばした。荷物を探っていたメロダークが苦笑しているのに気付いて、「なんですか?」ときいた。
「いや」
 きゅうにまた恥ずかしくなって、拾い上げた靴から手を離した。近づいてきたメロダークが寝台の隣に座り、顎に触れた。うつむいたまま触られるのに任せていたが、さきほどまでの決まりの悪さは消えていて、小声で口にした。
「……胸を……今日は小さい、とおっしゃいました」
 下りてきた手が胸元に触れた。
「ん……え、と……他の方と――」
「夢よりは小さい」
 囁いた男の声に頬が熱くなる。
「嘘」
 ようやくその一言が言えたとき、メロダークの手はもう、次の動きをしはじめていた。

end

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