エンド後/メロダーク マナ
散らばるように脱ぎ捨てられた靴がいつも気になる。
きちんと揃えてくれるよう頼むのだが、メロダークはそこを正すつもりはまるでないようだった。
「寝ている間は使わないだろう」
と言う。
「それはそうですけど、そうじゃなくて、起きたときに靴が散らかっていたら、不便でしょ?」
「不便でもないが……」
「……じゃあ、えっと……気になります。私が気になるんです」
「気にするな」
どうでもいい押し問答が思いがけず長引くうちに、自分の胸元で遊ぶ男の指の動きが単調になっているのに気づいた。
「お怒りになりました?」
体を少し離して、上目遣いになって尋ねると、指が鎖骨の上の窪みでぴたりと止まった。そこでゆっくりと小さな円を描く。少しだけくすぐったい。
「いや、そういうわけではない」
メロダークが起き上がると、横たわったマナの上に覆い被さるように手を伸ばし、床に転がった自分の靴を揃えた。少女を押し潰さないように一方の手で体を支えていたが、マナが様子を伺うように見つめているのに気づくと、そのまま頭を垂れてキスをした。
雨が降りだしたなとメロダークが囁いた。
そうですか、とマナは目を閉じたままで答えた。
ちっとも気が付きませんでした。
黒い髪を思い切り引っ張り、小さく悲鳴をあげ、硬い胸を叩いていたが、とうとう抵抗を諦めた。くたくたと脱力した体を抱え上げられ、狭い寝台の上で場所を変えて、ひどい姿勢をとらされる。卑怯なことにひどくない姿勢をとったメロダークが、「おまえは時々、よくわからんな」と真面目な調子で言った。
「気持ちよくさせてやるのに」
羞恥心に関してどうしてこう疎いのだろう。馬鹿、と思いながら逃れようとするが、片膝は男の脇にしっかりと挟みこまれている。
「気持ちよくしてやる」
噛んで含めるように言われる。
「……それはいいんですが……いいんですけど……は……恥ずかしくないようにもしてもらいたいなと」
メロダークが沈黙した。
「“それはいい”のか」
真面目な調子は崩さなかったが、からかわれたのがわかる。
「……じゃあ、よくないです。駄目」
内腿を撫でる手をつかんで、それ以上先へ進ませないようにする。本気で制止しようとしたわけではなかったのだが、メロダークは慎重に動きを止める。
薄闇に白く浮かぶ己の肌に、浅黒い、無骨な手が無造作に重なっている光景はマナを安心させ、掌から伝わる愛情は、少女を高揚させた。
吐息がくすぐったい。
もう何も言う必要もないのに、「いや」「そこ」「ううん」「あの」、男の聴覚を愛撫するように、耳元で意味のない、切れ切れの言葉を吐いて、そのうちくすくすと笑いながら身を捩って手から逃れようとし、焦らすようにじゃれつくうち、男はいよいよ真剣になってきたようで、最後には「おい」と低い声で叱られてしまう。これが男の自分に対する最大限の叱責だとわかっているので、寝台の端まで転がっていつのまにか床にずり落ちかけていたマナは、肘で這い、メロダークの側へ戻って来る。息が弾んでいる。笑いが止められない。幸せなせいだ。半身を起こした彼に抱きつくと、二人とも、さっきより体が熱くなっているのを感じる。ごめんなさいと言うつもりでキスしようとするが、唇が触れる寸前に、ぷっと吹き出してしまう。「待って、待って」笑いに波打つ体をぎゅっと押し付け、呼吸を整えようとしたが、やっぱりうまくいかない。
肩口にすがりついてくつくつと笑い続けるマナの乱れた髪を掻きわけ、メロダークが首の付け根に唇を押し付けた。
「待って――まだ駄目――あ――」
もう待ってもらえなかった。
寝台の上では二人とも行儀がよくない。
寝台の下では行儀よく、大きいのと小さいの、二足の靴が並んでいる。
end