TOP> TEXT>R18TEXT>野火めいた

野火めいた

エンド後/マナ メロダーク

 体の芯に熱が生まれ、乾いた皮膚にぴりぴりと、野火のように広がっていく。
 髪や爪までを焼く。

 逃れようとしてもがき、実際に寝台から下りようと何度か試みて、その度に手首や足首をつかまれて、敷布と毛布の間に引き戻される。嫌だと思う。甘く粘る自分の声や、物ほしげにひくつく下腹が恥ずかしくてたまらない。浅黒い男の手が、指が、肌の上で動いている。乾いた野生の獣が水辺を探し求めるように、娘の体の隅々までを歩きまわる。怖くなる。太腿や尻の貧弱さを意識して泣きたくなる。抱きすくめられると逃れることができない。男の手にこもる力が強くなる。引き倒されて、とうとう本気で泣き出した。
「マナ」
 男の息が荒い。寝台の上に膝を立て、背を丸めて泣いている恋人を、途方に暮れたように見下ろす。娘が以前そうしてくれと頼んだやり方で、泣いている彼女の体を引き寄せ、抱き締めて髪を撫でた。
「もう少しおとなしくできんのか」
「だって……」
 べそをかいたマナが、上目遣いにメロダークを見た。言葉が続かない。
 接吻を求めて近づいてきた顔を、掌で押しのけた。メロダークはますます途方に暮れた風になった。
「……なんだ」
「……こ……怖いから……嫌。怖くするから。やめてって言うのに、きいてくれないし。嫌い……メ、メロダークさんのこと、時々、き、嫌いです」
「嫌うな」
 短く強くそう命じられる。


 豆のある硬い掌が少女の首の側面を柔らかく押さえ、動きを封じるように肩口へ下りてくる。
 昼の間は拒絶どころかわずかな躊躇にすら敏感だ。それなのに夜は全然言う事をきいてくれない。昼間の続きのつもりで、やめて、と言っても駄目だ。ちらりと一瞬だけ顔を見て、きこえないふりをされる。嫌だ。怖い。嫌い。混乱した頭でそう思う。
 肩を押され、慣れた手つきで体を裏返しにされる。寝台の上に後ろから組み伏せられる格好になり、背中にのしかかってくる男の重みを感じた。顔のそばに手をつかれる。
「お前が嫌ならやめる」
「……じゃあ、今。もう、今、嫌――嫌……」
「嫌がらんと、やめれん」
 低い声で囁いた男が、背骨の終点から滑らせていった指をその部分に沈める。なぜ嘘をつくのだ、と言った。
 マナはぎゅっと両目を閉じ、濡れた頬をシーツに押し付けた。快感に鞭打たれた心臓が早鐘を打っている。
 マナ。目を開けろ。見てみろ。マナ。お前の体がこんなに俺を。マナ。マナ――?
 切羽詰った、怖いような男の声が囁く。返事はしない。する余裕がない。大きく開けた口で息をする。空気が足りない。耳が熱い。喉から漏れる声はひどく不明瞭で意味をなさぬ癖に、その熱い震えだけで、すべてを相手に伝えてしまう。夜は嫌だ。こんなになる自分は、きっと軽蔑されると思う。嫌いだ。嫌われる。怖い。それなのに全身で求めている。野に放たれた火がどこまでも広がって、豪雨の下でもくすぶり、土すら焦がして燃え続けるように。



 薄い白い皮膚の下に、熱くなった血が透けている。欲情は目に見える火照りとなってランタンの炎に揺れる。


 仰向かされて天井を支える梁が目に飛び込んでくる。黒々とした梁の影が石造りの天井に染みている。涙で滲んだ視界はすぐに暗くなる。覆いかぶさってきた男の顔が目の前に広がって、急いで目を閉じる。唇に押し当てられた唇の震えや息遣いに、満ち足りた幸福と、静かで切実な愛情が伝わってくる。口づけの後、離れていこうとする男の肩に手を伸ばす。
「ここにも」
 呼吸を整えながら前髪をかきあげ、小さな声でねだると、そうしてもらえる。寝台に倒れこんで来た男の体に毛布をかけてやる。疲れきって力が抜けた腰や腿の付け根を、男の手が優しく撫でた。愛撫が終わるのを待って、マナは今度は自分から身を寄せていった。彼が好むようにぴったりと体を押しあてて胸元で目を閉じ、それからふと、自分がひどいことを言ったのを思い出した。



 眠たげな男の肩を揺すってこちらに視線を向けさせ、
「さっき、ごめんなさい」
 と、いそいで詫びた。
「いや、俺が……いつのさっきだ?」
「……えっと……あれ、嘘です。時々嫌いって言ったの、嘘」
「そうか」
 メロダークがひどく真面目な声で答えて、娘のなめらかな背中に手を滑らせた。その部分に燻り続ける火を確かめるように、心臓の裏を掌でそっと押さえて、それなら、と言った。お前はつまり――。それきり黙りこくったメロダークがその先の言葉を真剣にききたがっていることがわかったので、マナは咳払いをしてから、やはり真面目に、いつでもずっと好きということです、と囁いた。




end

TOP> TEXT>R18TEXT>野火めいた