/マナ メロダーク
亜麻布の肌着は肩紐がなく、胸元を組んだ紐で止めている。
固い結び目をほどいて肌着を外し、紐の跡が赤く残っているのがみっともなくて心配になり、こっそり指先で擦って、色を散らそうとする。
裸の背中に夕暮れの冷気と、男の視線を感じる。
寝台の上で壁の方をむいて正座し、黒ずんだ木目を見つめながら、一度、息を大きく吸い、吐いた。心臓はどきどきいっているが、気持ちは落ち着いていた。大丈夫? と自分に尋ねてみる。
大丈夫。
マナは振り返った。
メロダークは、寝台の端に腰掛けて、とっくの昔に全裸になっていた。視線がマナの顔をとらえ、次にむき出しの乳房まで下りて、そこでぴくりと男の眉が持ち上がった。探索中に段々とわかるようになったのだが、これはメロダークがものすごく仰天したり動揺した時に浮かべる、大変な驚きの表情なのだった。マナはいきなり、大丈夫ではなくなった。長衣を毛布の上から拾い上げ、慌ててそれで胸元を隠す。
「あの、な……何か?」
そう聞いたが、答えがない。メロダークの視線はまだ胸元に貼りついている。
「どうしてじっと見ておられるんです? 私、変ですか?」
緊張と狼狽に声が上ずる。視線に耐えられなくなり、背をむけようとすると、メロダークの上体がぐらりと傾いて、ぶつかるように抱きつかれた。マナの力と体では当然男を支えきれず、後ろに倒れこんで、後頭部を壁にぶつけた。ごん、と派手な音がして、メロダークが驚いた顔をあげた。
「すまん」
「う……だ、大丈夫です。そんなには……痛くなかったです」
ぶつけたのが痛いのと恥ずかしいのと、抱きしめられてひどくどきどきしたのとで、頬どころか首筋から胸元までが赤く染まった。すぐに肌が赤くなる。自分では気持悪く感じることもあるのだけれど、メロダークは別に気にした様子もなかった。抱きしめられたまま、ぶつけた後頭部を撫でられる。大きな掌の感触が優しく気持ちいい。体温がひどく高い。だからすぐに脱ぎたがるのかなと妙なところで納得する。
「狭いからな」
言い訳がましくそういうと、メロダークはマナが抵抗する暇も与えずに、胸元の長衣を無造作に払いのけた。背中に手を添えて、もう一度座りなおさせられる。そうやって、裸の体で向い合って座り、男の両手が伸びてきて、マナの乳房に触った。触られたところだけではなく、体の全部がきゅっと縮こまり、縮こまった中心の胸の奥が、嵐の日の森の木が揺れながらぶつかりあうように、ざわざわとうるさく騒ぎはじめた。
ゆっくりと柔らかく揉まれ、軽く力をこめてさすられ、感触を楽しまれているのがわかる。マナが痛みを感じたときに、息を止めると、こめられた力が少し緩くなる。外側を挟んで真ん中に寄せられる。大きくもなし、小さくもなし、正直大した胸でもないので、そういう風にされると、ちょっと困ってしまう。楽しいのかなと思いながら、メロダークの集中しきったような顔や(なんでそんなに真剣になれるのか、マナには今ひとつわからなかった。単なる胸なのに)、朱に染まった乳房を覆う日焼けした手をちらちらと見つめていた。普通はこういう場合、どこを見ているものなのだろう。両手はどうしたらいいのだろう。わからないことが多すぎる。結局男の邪魔にならないよう、両手を横に垂らして黙ってうつむいていた。
やがてようやく満足したのか動きが止まり、それでお終いかと思いきや、男の指が先端に移動して、今度は皮膚の薄いその部分を悪戯しはじめる。今度は触れられるだけで痛くて、「ん……」と声が漏れたが、メロダークは手を止めてくれなかった。乳房を触られていたときの変な感じが増幅する。たちまち尖りを帯びたその部分に、
「なるほど」
と感心した声をあげられたところで、気持ちがめげた。
うつむいて、流れ落ちた前髪で、赤くなった顔を隠した。一体何が、なるほど、なのだろう。
落とした視線の先で、男の骨ばった長い指が動いている。爪を軽くたてられて、息を止めながら、あっ、ここも色が変わるんだ……と初めて気がつき、これって他の人もそうなるのかしら、もしかしたら私だけのことなのかなと心配になる。
ごそごそと尻をずらして接近してきたメロダークが、あぐらをかいた両足の間に、正座したマナの体を囲い込んだ。何ひとつ隠すそぶりがなく、まったくひどい格好だった。思わず凝視してしまったその部分から急いで目を逸らし、裸なの恥ずかしくないのかなと改めて真剣に疑問に思うが、そのままぎゅっと抱きしめられて、耳元に名前を呼ばれ、一度だけでなく繰り返し呼ばれ、おおよそ愛を告白するのと同じような調子の呼ばれ方だったので、色んなことが一度にどうでもよくなって、自分からも男を抱き返し、両腕に思い切り力を込める。
長い抱擁をといたあと、髪をかきあげられる。上気した顔を凝視されているのに気づき、「いや!」と叫んで顔を背けると
「……顔が見えんとわからんのだが……」
と言われる。
「な、何がです?」
「気持ちがいいのかどうか」
う、と言葉につまってしまう。
「どうだ」
またきかれる。少し迷ったが、メロダークがどこか不安そうなのに気づき、結局、口にした。
「どこかどうというのではなくて、メロダークさんに触れていただくと、とても気持ちがいいです」
メロダークがちらりとマナを見た。またずれたことを言ってしまったかなと恥ずかしくなったが、男が身を屈め、唇に唇が触れた。目を閉じる暇もなかった。あっと思った時には、メロダークの顔が離れていく。
「あまり煽るな」
男の声は冷静だったが、ますます赤面したマナは、うつむいた。またキスしてしまったと思う。こめかみが強く脈打っている。一日に四度もキスしてしまった。昨日まで一度もしたことがなかったのに、大変なことだ! もっと大変なことを今、この瞬間にしてしまってはいるのだけれど、それはそれ、これはこれという奴だ。
男の手が脇腹を滑り、尻の方へと回っていく。
触れる全てが彼の物だとでもいいたげな、遠慮のない、しかし優しい動きだった。
end