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書簡断章

オープニング後

 アークフィア女神の御名を誉めたたえ、大聖エルの御言葉に伏し、大神殿の皆さま方には大河の流れと同じく変わらぬ祝福と喜びを祈らせて頂きます。

 先日の書状、謹んで拝読させていただきました。
 遺跡の奥には怪異の原因ありとの神託、災禍に巻き込まれた人民に尽くし人心を鎮めるよう、聖職者として一層日々の勤めに励み、大河神殿としては表だって怪異に関わることがないようにとのお言葉、しかと了解いたしました。
 ただ御存じの通り、私は忘却界への渡りを坐して待つばかりの老いぼれでございます。このホルムの神殿に以前勤めていた神官や巫女は領内の村々へ散り、今は通いの者すらおりません。神殿には私ともう一人、まだ成人していない、巫女としてもまだまだ未熟な養い子の二人きり。この度の災厄にホルム領内の畑も家畜も痩せ細り、率直に申し上げて元より乏しい神殿の貯えもいつ底をつくかもわからぬ有様です。人手もなく資金もなく、今のところは信者の方々の厚意と献身、アークフィア様の加護によりなんとかやっていけてはおりますが、首が回らなくなるのはすぐのことでしょう。
 アークフィア様のご加護をどうかお祈りください。
 そして可能ならば、いくらかの援助をご検討くだされば幸いです。



  *



 近くはネス、西シーウァ、あるいはエルパディア、沿海州(当然ハロンです。奈落の泥で作られた鼻を持つあの連中が、宝の匂いを嗅ぎつけないはずがありません)、遠くはヴァラコールからマルディリアから――。
 遺跡荒らし、無頼漢、義賊盗賊怪盗こそ泥、冒険者、発掘屋、妖術師、戦士、流浪の騎士、名もなき神々の神官、無法者に傭兵、集まってくる者どもの名乗りは様々目当ても様々で、たった一つ目的地だけを共通項とする彼らは、遺跡の町へ近づくにつれて『探索者』と呼ばれ、ひとつの集団として扱われるようになります。不思議なもので、ばらばらなはずの彼らはその呼び名に収まる振舞いを成すようになり、それなりの――形ばかりで表向きの――連帯感めいたものまでが生まれてきます。安宿や渡り船や街道の途中の旅籠で、「あんたも『探索者』かい?」そう声をかけられ、あるいはかけた時、彼らがほんの一瞬、どこか嬉しげな表情を浮かべるのを、何度目にしたことでしょう。道連れとなった『探索者』仲間から話をききだすのは、今までの仕事に比べればずっと容易です。


 ここまでの旅の話をきけば、災禍はホルムを中心として同心円状に広がっているようです。すなわち、夜種どもが群れをなし現れた方角、畑が森が草原が黒々と枯れた先、赤く染まった水が流れてくる源流、流行り病に倒れた死体の足の裏がむく方向、すべてはホルムの町を指し示しており、速度は遅いものの被害の半径は日に日にじわじわと広がっており、この災禍がいつか大陸全土を呑みこむだろうという言葉を馬鹿げた妄想だと笑いとばすこともできぬように思います。



  *


 
 黒々と枯れた畑が広がる丘の上には、十いくつの家々と家畜小屋が肩を並べ、夜種の襲撃の跡が残る村にはいくつかの遺体――いや、残骸だけが残っておりました。
 我々はただ無力です。



  *


 怪異があの町の地下遺跡に端を発することは街路から離れた小さな村落の住人たちの間にも広まっており、つい先日までは大神殿の中ですら限られたごく一部の者しか知らなかったホルムという町の名は、恐怖の念をこめネスのいたるところで囁かれております。田畑や家畜どころか己の身を守る術すら持たぬ村人たちは、信仰だけが心の支えであります。どの村の神殿でも聖職者たちは人々のために身を捨ててよく働きよく仕え、災厄の時こそ神々が近くなるという大聖の言葉を痛感致しました。



  *


 今日、ユールフレールの尼僧院から使者が来ました。
 皆かんかんに怒っています。
 テレージャや。
 あなたはまた“しでかし”ましたね。
 お母様は悲しく思いますよ。
 禁書庫の一件ではエムノスの皆様に散々に迷惑をおかけしたのに、そのほとぼりも冷めないうちに尼僧院を抜けだすとは、一体どういうことですか。大おばあ様も、お母様も、あなたをかばいきれませんよ。大叔母様にはテレージャをきつく叱っておくとお約束したので、お母様はこの手紙を書いているのよ。

 それにしてもホルム、ホルムねえ! あなたはそこの遺跡でいつものハックツだのチョウサだのに熱中しているという話だけれど、ネス公国なんて一歩入れば狼や熊しかいない、舞踏場も大浴場もあなたの大好きな大図書館もない、ないない尽くしのど田舎のど辺境じゃありませんか。二枚しか服を持てない(ああ恐ろしい!)退屈な尼僧院を脱走してそんなところにわざわざ出向くなんて、あなた、本当に変わった子だわ――底の平たい靴を履いた毛むくじゃらの男の方ばかりが威張ってるような土地で見つかった遺跡に、女にとって値打ちのあるいい物が何かあるのかしら?――ユールフレールではキューグの神官たちが大騒ぎして散々にあなたを羨んでいたらしいけれど、お母様にはさっぱりわからないわ。

 それでは体には気をつけて。怪我をしちゃ駄目よ。
 日焼けをしないようにしてね、またそばかすがでるといけないから。夜には香油をつけて髪を梳くのを忘れずに! 爪の手入れについてはもう言うだけ無駄なんでしょうね。せめて週に一度は磨いてちょうだいね? それと男の方がいる前であんまり薄着になっちゃ駄目よ! 相手の方が若くて素敵で独身で爵位をお持ちになっているなら話は別だけれど。

 追伸
 今回のほとぼりが冷めるのは、そうねえ、多分冬くらいかしら。院長様へのお詫びや大叔母様への言い訳を帰ってくるまでの間に考えておいてちょうだいな。

 二伸
 お土産は毛皮の帽子がいいわ。先日のパーティーで、男爵夫人がとっても素敵な毛皮の帽子を被っておられたの。北部で捕まえたリスのお腹の毛だけをつなぎあわせて作ったんですって!



  *



 さて、その元凶の地であるホルムに到着してみれば、予想とは裏腹に、町も人も絶望からはほど遠い印象です。
 今回の件に関してネス大公の決断は例外的に素早く、大公からの支援と遺跡を漁る素人の探索者たちを迎え入れたことによって、この小さな港町は、暗く落ち込むどころかむしろ祭りの熱気と様相を呈しております。“すべての怪異の原因は遺跡にある”という神託を、町の人々と探索者たちは、遺跡は古代の宝の詰まった場所であり、怪物どもは宝の番人、汚らわしい化け物どもを倒して迷宮を底まで掘り起こせばそこにすべてを解決する鍵があると解釈し(これが話にもならぬ馬鹿げた勘違いであり、いや、それどころか予言の真意がこれと真逆であることは皆さまがご存知のとおりです!)、つまりは希望が人々を熱狂させているのです。

 もっともそれは町中に限定した話で、周辺の町や村は夜種に襲われても援助の手もなく孤立し、土地を荒らされ奪われた農民たちは貧民となって町に入り込み、貧者の群れが町の一角を占拠しつつあります。警邏の兵士の数も足りず、内治は十分といいかね、国境を警備するはずの警備隊は連日夜種退治に追われて疲弊を隠そうともしておりません。食糧を運んできたネスの公子は火車騎士団と名乗る手飼いの部下を連れて駐留しており、貴族と平民が一体となってこの怪異に当たることを期待していると貴族階級の人々は繰りかえし口にしますが、結局のところ、未熟で無知かつ無謀な遺跡荒らしとして迷宮へ向かうのは家族を養うため、あるいは一攫千金を夢見た田畑を失い家を焼かれた貧民たちばかりで、遺跡の奥深くで命を落とした死者の数は当然公にされておりません。己の命を賭けて積極的に遺跡へ入っていく貴族階級の人々はほんのわずか、それも本物の奇人変人ばかりです。
 
 無謀にも思える彼らの中から立派に探索者として立つ者もいることは確かで、特にホルムの町の若者、夜種に引き裂かれ眠り病にかかっているのが彼らの家族や友人であることを考えれば当然ではありますが、使命感、復讐心、地の利、故郷を守ろうという心、そういった心持ちからか戦を経験すらしたことのない若者の中には熟練の探索者たちをも凌駕する働きを見せる者もおり、人の資質というものの不思議さを見る思いです。中でも探索者たちの先頭に立ち最も深い場所へむかうのが神殿の巫女であるという噂は到着した当初から耳にしており、実際に会ってみればまだ年端も行かぬ少女でありました。アークフィア女神の信仰者への加護を改めて気付かされます。
 私は探索者の一人として彼らと行動を共にすることになりました。可能な範囲で彼らと密につきあい、信頼を分かち合い、当面は遺跡の探索を続けることになるでしょう。任務を無事遂行できますよう、そしてこの地が一刻も早く平和を取り戻せますように、ご加護をお祈りください。私からも祈りを。


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(……)以下、お問い合わせ頂いた代金について。この春に北岸地域一体を襲った蝗害と不作の影響で小麦の相場がぐんと値上がりしたこともあり(……)、銀貨六十枚、銅貨十二枚。(……)分割でお支払い頂くこともできますが(……)大公閣下のお膝元といえども、契約書の一行一文ぎりぎりで摘発を免れるようなきわどい商売をしている連中はいくらでもおります。テオル閣下にはどうかくれぐれも、キューグの加護の元、そういった安さばかりを売りにする連中にひっかからないようお祈り申し上げております。公平誠実を旨とする私どもピンガー商会は、素晴らしい商品を、適切な価格でお渡しすることができます。それではお返事をお待ちしております。



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 先にこの地へ到着していましたエリオの遺品を偶然、いや、おそらくはハァルの導きにより受け取ることができました。立派に務めを果たしていた旨、バルスムス殿にご報告お願いします。


end

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