TOP>TEXT>2009年冬至節/グッドエンド>明日手紙を

明日手紙を

エンド後/ヴァン

「フラン様

ヴァンだ。

代ひつをチュナに頼んでいる。

別れぎわに手紙を書くと言ったらあなたはおどろいていたが、つまりはこういうわけだ。どんな事であっても正面から当たらずとも抜けみちが他にある。


予想はしていたが、パリスの店は引っこしから開店までのなにもかもが大騒ぎだった。店内のほとんどは倉庫も同然で、上階に引っ越せるのは先の話になりそうだ。しかし一応は商売らしい格好がついて、それなりにひまはできた。それで俺はチュナに字を習うことにした。チュナはまだ十二だが生徒を二人も持つ立派な先生だ。つまりエンダにも字を教えているそうだ。そのうちに俺も自分で手紙を書けるようになるだろう。だがそれまでは、チュナもパリスも俺と違って字が書けるので、彼らのどちらかに代筆を頼もうと思う。読む方はあなたのおかげで、さしたる不自由もない。知っているとは思うがいち応。


チュナはあれから大分回復した。走っても息切れしないし、昼寝の時間も減った。ただし元気になればなるほどいよいよ口うるさい。もっとも口が達者な分、店番をさせたら、いいかげんなパリスや愛想のない俺よりもよほどしっかりしている。


俺は毎日ちゃんと帰ってきて家で寝ている。
元気にしているのだろうか。
返事がきたら、また手紙を書く。

ヴァンより」



 *



「フラン様

ヴァンだ。
手紙は先週受け取ったのだが、ずっと何を書こうか悩んでいた。
考えたら会って話している時とはちがって、時間のことを気にせず、言いたいことを好きなだけ言えるのだから、手紙はすごいものだ。と言いたいところだが、一通書くのに、というより書いてもらうのにいく晩もかかるから、やはりそうすごくもない。
俺の言ったことが文字になってずっと残ると思うと、とても緊張する。いつもよりもしゃべれなくなる。何度も、今のはやっぱりなしにしてくれ、もっとていねいに言った風に直してくれと頼み、少しずつしか進まない。
チュナは元気だ。


ヴァンより」



 *



「フラン様


ヴァンだ。元気だ。
今朝、行商人からあなたの手紙を受けとった。彼からレンデューム郷も落ち着いているという話をきいたが、ジャスミンの話はきけなかった。あなたが次の手紙で書いてくれるといい。


字の勉強はちゃんと続けている。実さいに書いてみると、これもやはりむずかしい。目ではちがいがわかるのに、手を動かして、覚えたとおりに書こうとしても、書けない。俺はずっと自分の目よりも手の方を信らいしてきたが、文字に関しては逆だ。チュナはなかなかきびしい先生だ。根気よく俺に教えてくれる。エンダよりも俺の方ができが悪いせいだ。別に悔しくはない。涼しくなってきたせいか、チュナは食事をよく食べる。顔と同じくらいの大きさのパンでもぺろりと平らげる。元気な証こだ。俺もパリスも安心している。


チュナの話ばかりしてしまうのは、チュナがとなりに座って、代筆をしてくれているせいだ。チュナは、わたしのことじゃなくてヴァン兄さんのことやホルムにいるフランさんの知り合いの話を書いた方がいいと言う。手紙の書き方でもチュナは俺の先生だ。


ひばり亭には時々テレージャが来て、酒を飲みながらもうれつな勢いでアルケアについての論文や、遺跡調査の報告書や、家族への手紙を書いている。あの人は口も回るがよく手も動くので感心する。シーフォンは秋の間に一度はホルムに立ち寄ると言っていたが、まだ顔を出しやがらない。ラバン爺も残念なことに、今年はホルムへ寄るかどうかわからないので、ひばり亭もさびしい物だ。いや、遺跡目当ての観光客でにぎわってはいるのだが。
伯しゃくの代わりの領主はそれなりによくやっているという話だ。なんにでも目端のきくオハラがそう言い、俺もそう思う。だが町の住人たちの評価は辛口だ。新しい領主は頼りない、カムール様のころがなつかしい、あまりぐちらぬネルの母親すらそうこぼしている。ガリオーが言うところのホルムっ子気質の悪い面が出ているというところだろうか。一度これと思ったら曲げない連中ばかりだ。


ヴァンより



追伸

俺は名まえが書けるようになった。これについては、なにも言わなくていい。ただ報告したかっただけだ。


 
 う゛あ  ん」




「フラン様


こんにちは。チュナです。ヴァン兄さんがいつもお世話になっています。それと、手紙でいつもわたしの様子を気にしてくださってありがとうございます。兄さんはお礼なんて書かなくていい、めんどうくさいと怒るので、ずっとありがとうって書かなくてすみません。わたしはもうすっかり元通りです。フランさんには兄妹そろってお世話になりっぱなしです。パリス兄さんのお店は三階建てで、とってもすてきになる予定(今はまだ掃除ができていなくて…)なので、どうかホルムにおこしのさいは、ぜひお立ち寄りください。

兄さんにはないしょで、こっそりこの手紙を同封します。ヴァン兄さんは字を練習してることを、パリス兄さんやネルやオハラには秘密にしています。なんだか恥ずかしいみたい。でも一生けん命やっています。わたしが字を勉強するときに使った子供用のつづり方の本を、今は昼はエンダが、夜は兄さんが使っています。毎日ぶつぶつ言いながら、机の上で指を動かし、何度もつづりを練習しています。
前には、字を勉強しないのとわたしがきいたり、パリス兄さんがそうだぞ今からでも教えてやるぞと言うたび、ヴァン兄さんはすごく不きげんな顔になって、俺は字なんか書けなくてもいい、そんなものはお上品な連中にやらせてりゃいいんだ、と怖い声で言っていました。そのくせわたしには小さいうちから、町の先生のところに字や勉強を習いに通わせたのだから、変な兄さんです。でもヴァン兄さんがちゃんと勉強をするようになって、それに三日も四日もわたしたちには何も言わず留守にもしないし、あまりケンカもしなくなったし、わたしはちょっと嬉しいです。

ヴァン兄さんの名まえが書けるようになったこと、こっそり誉めてあげてください。
わたしがフランさんも誉めてくれるよとからかったので、今ちょっとすねてるんです。一度すねたらずっと黙り込んで、機げんがなおるまで長くて面倒なのです。パリス兄さんの駄目さかげんについて書くと長くなるのでかつあいしますが、ヴァン兄さんも面倒だし短気だし愛想もないしかなり駄目な人です。面倒で駄目なヴァン兄さんですが、身びいきかもしれませんがいいところもあるので、今後もよろしくお願いします。仲よくしてあげてください。

ヴァン兄さんはフランさんから来た手紙を、毎日繰りかえし読んでいます。むずかしい単語は、わたしにききにきます。わたしもまだまだ読めない字や書けない字がいっぱいあるので、神殿でお手伝いをするついでに巫女長様や神官様に教えていただいたり、テレージャさんに借していただいたつづり方の本で調べたりして、勉強になります。フランさんの手紙をわたしたちはいつも楽しみにしています。
それでは失礼します。さようなら。

 チュナより


追伸

 わたしは絶対に絶対にそんなに口うるさくないです! あと大きなパンなんて食べたりしません! あれはヴァン兄さんの冗談です!」



 *



「フランちゃん

おっすオレヴァン。元気にしてる? 猿が元気で安心したわ。温先とかいいねいいねー考えただけでテンションあがるあがる。フランちゃんも元気だって? ヴァンの野郎は相変わらず無口でこっちがきかなきゃナニも言わねーしこっちがきいてもああとかうんばっかり。なのでオレあんたがふる里に帰ってからのこと全全知らんのよ。このオレはヴァンじゃなくて手紙欠いてるオレな。
ピンガー商会はピンガーの野郎がトンズラこいた後残った店いんたちでなんとかやってるみてえ。連中にはオレらはウラみはないし今や商売仲間だ、仲よくやってるよ。オレの店もなーはじめてみたらけっこう大変だけどピンガーが店いんに指図するとことか問屋との交しょうのやり方をなんだかなんだでガキのころからよく見てたからなぁ。あいつは最低の野郎だったけれどだからってナニも学べなかったわけじゃねえしやっぱり恩もある。殺さずにすんでよかったと思うとかヴァンが今言いだしたんでオレびっくりだわ。殺す気マンマンだったくせによ。
親せき元気? ってヴァンが言ってる。チュナが店の手伝いをやってててをねん座したからパリスに大筆を頼んだって書けってよ。てててって書いてると面白いな。ててててって四つつながることあんのかね。オレもアホなので字がわからんから読みづらいだろうなすまん。チュナは棚の上のほうを型づけようとして椅子から落ちたんだ。ほんと困ったガキだぜ。無理すんなって言ってんのにきかねえ。オレもヴァンもチュナにはふり回されっぱなしだ。そういやギュスタールは見つかったか? おたがい兄弟にゃ苦老させられるね。
シーフォンがちょうど今ホルムに来てて。おまえらはシスコンでどーのこーのとうるせーから二人で一発シメといた。
ヴァンはまだなにか言いたそうだけどオレが面倒くさくなったんでそろそろ終わりな。ごめんよ。

大筆・パリス」



 *



「フランちゃんへ


 ヴァンだ。


(そしてネルです! こんにちは、ひさしぶり、元気にしてるかーい?)


 先日の手紙でも書いたが、チュナが手首を捻挫してペンが持てない。今日は代筆をネルに頼んだ。


(頼まれました! えー、こちらひばり亭、時刻は夕方です。私とヴァン先生はいつものテーブルでエールを飲みつつこの手紙を書いております。仕事のあとのエールは最高だね! そろそろ冬だけど、鍛冶屋は年中真夏の暑さでさー)

(今日はひばり亭はそこそこ混雑。でも顔をあげてもカウンターのところにフランちゃんの姿が見えないのに、わたしはまだ慣れません。こうしてヴァンと二人でお酒を飲んでたら、今にも正面の入り口から「いやー今日は大変でしたけれど、頑張りましたよ!」ってアルソンがにこにこしながら入って来たり、キレハさんとテレージャさんが何かをお話ししていたり、奥の席でメロさんがうつむいて、慎重な手つきで道具の手入れをしているような、そんな気がします。)

(そうそう、わたしも手紙にひと言書きそえていいかな!? ってきいたら、いいよって言われたので、これを書いてます。でもヴァンは代筆を頼んだくせに、いつもの無口に輪をかけて静かなので、わたしはヴァンが黙ってる間に、ひと言じゃなくていっぱい書いています。だって暇だし!)

(遺跡では、よくフランちゃんとヴァンと三人でこうやっておしゃべりしたね。ヴァンはやっぱり黙ってたけど。探索中に見つけた本を、フランちゃんがヴァンにいつも読んであげてたのを思い出すなあ。フランちゃんがちょこんと座って膝の上に本を広げて、少し離れたところにヴァンが仰向けに足を組んで寝転がってね。目を閉じてるから寝てると思ったら、「今のところをもう一度お願いします」とか「それ、どういう意味ですか」って言ってたね。あのね、ヴァンって遺跡が見つかるまではほんっとうにチンピラ丸出しで、なのにフランちゃんと一緒だとヴァンがおとなしくなるのがすごく面白かったんだよー。言葉もすっごく丁寧になるし。フランちゃんが丁寧に話すせいだねきっと。最初にフランちゃんとお話ししたお城からの帰り道、ヴァンがずーっと変な顔をしてるからどーしたねってきいたら「あんな風に話しかけられたのは初めてだ」って)

(「俺は一言しかしゃべってないのに、なぜ二枚目に入るんだ」ってヴァンが怒ってる。相変わらず短気で、口を開けば人をおどかすようなことばっかりです。町の英雄のくせにチンピラです! でもね、前とくらべたら……おおっと、「変なこと書いてないかおまえ」って怪しんでる! いそいでかいちゃおーっと。ヴァンはすごくおちついたしやさしくなったとおもいます!)


 チュナの捻挫は、手首の筋を痛めたようだ。こんな時に限って、巫女長はナザリに呼ばれて留守で、残された神官たちは治癒術が使えない。デネロスがいればみてもらえるのだが、彼は先日、とうとうこの町を去ってしまった。遺跡の怪異が解決し、ここに留まる理由がなくなったそうだ。故郷へ戻ると言っていた。そこで死にたいと。


(いやあああ、その言い方やめてー! ほんとにヴァンは雑なんだから! あのね、デネロス先生はぜーんぜんお元気だよー。「まあ死ぬなら故郷がいいと思ってな。墓地の空きがなければすぐにこっちに戻ってくるよ」っておっしゃってたし。だから心配しないでね! あとねー、あのねー、シーフォンくんも)


 シーフォンは彼を追っていった。なんとかという例の魔道書を奪うと張り切っていた。側にいれば面倒な奴だが当分会えなくなると思えば寂しい。いや、寂しくはないな。ただ変な感じがする。


(そうそう。シーフォンくんはデネロス先生についていったの。先生は多分、シーフォンくんがホルムに来るのを待っておられたんじゃないかなー。一緒に故郷へ旅するために。もしかして、このままあの人をお弟子さんにするつもりじゃない!? 先生の弟子歴が長い……長かったネルお姉さんは、そう思います!)


 シーフォンは別れ際に何冊か魔道書をくれた。彼らしい置き土産だ。


(その朝はわたしとエンダでね、町の門まで先生とシーフォンくんを見送りに行ったよ。シーフォンくんは早速荷物を持たされて、ふざけんなジジイ! って散々悪態をついていました。にぎやかな旅になりそうで、ちょっぴりうらやましかったり)


 あまり字を読めない俺なのに、魔道書の複雑怪奇な文章はすぐに理解できる。不思議な物だ。


(うんうん、あれどうなってるんだろうねー。でもヴァンは全然勉強したことがないらしいのに、けっこう読めるほうだと思うよ! 私はこれだけつきあいが長いのに、ヴァンが字を書けないなんて、あの迷宮に行くまで気がつかなかったもん。パリスがいちニョロにニョロみたいな字を書けるから、ヴァンも当然書けると思ってた)

 読み返すことができないのが残念だ。


(ほんとほんと。ほんとにあれってどうなってるんだろうねー)

(エール四杯目でっす。調子出てきた!)

(むー。ヴァン先生のしゃべる速度がさらに落ちてきたぞ。ちょっと待っててね!)

(そうそう、このあいだテレージャさんの下宿に遊びに行ったの。そしたら、これから遺跡のことで新しい領主様に会いに行くっていうから、わたしも一緒に行きました! 新しい領主様はカムール様と遠縁の方らしいんだけど、大公陛下と仲がいい人なんだって! アルソンはいい方ですよーって言ってたけど、ふつーのおじさんだなー。それでね、お城の女中さんたちに声かけられたよ。みんなフランちゃんのこと気にしてた。あのね、わたしにとってフランちゃんは、ひばり亭でいつもにこにこして、お帰りなさいませ! ニンニン! って言ってくれる人だけど、お城の女中さんや兵隊さんたちの中でフランちゃんは、広間でいつもにこにこして、お帰りニンニン! な人なんだね。フランちゃんに会いたいな! って思います。私がレンデュームに行ってもいいんだけどさー、フランちゃん、レンデュームにはあまりいないんだよね? フランちゃんはどこで何してるの? 会えないからヴァンは手紙を書くのかな。でもさ、手紙ばっかりだよね。ヴァンはなんでレンデュームに行かないのかな。一度くらい遊びに行けばいいのにさ。手紙だけなんて冷たいよね。ヴァンのばーか)


 もしもあなたが


(わっ、ヴァンの奴、フランちゃんのこと『あなた』って言うんだ! わー! きゃああ! このお!)

(ねえねえねえねえ、ところでところで、二人はどのくらい好き同士なの? ただの友達ってことはないよね。ソウトウフカイナカだったりする?)

(「なんでもう四枚目に入ってるんだ!?」だって。へへーんだ。手紙はヨンマイメですがエールはロッパイメですよん。うーむ。今年はエールがおいしくて、飲みすぎちゃう酔いすぎちゃうなー)

(あ、怒ってる。あはは。「おまえ酔ってないか?」声がおおきーい。ヴァンも酔ってるぞお。手紙かえせ、なにかいてるか確にんするって。なにをー、友人を信頼できないとはなんというヴァンかー。この人子供の時からいっつもこうなんだよ! 人のことぜーんぜんちっともしんようしていないの! 最近ちょっとマシになったと思ってたのにもう。何よバーカ、女の子といっぱい遊んでたことばらしちゃうぞぎゃあああああー、もう封筒にいれて封しちゃおーっと!)」







「 ばんだ   きのおてれえじやにきいて
      ほんとにかいて んだろうなそれおいどうみてもむちやくじややないかまておれがかけといたところだけかけいまのわかかなくていんだ



わかたいいからとにかくかけおれがあとでなおすからいくぞばんだきのおてれえじやにきいたいそいでてがみおかくがれんどむにあなたがかえつているといあなたはふ んさんのことだよそれはかかなくていい


だれがやるかチョコレートわちやんとかけた やるというやくそくおいなんでそこだけそんなきれいなじなんだもしかしてそれチョコレートかおまえおれのたのみにわておぬいてないかふざけんなこのや  」







「愛するフランへ


 ヴァンだ。
 大河の水音すら寂しげで冬の寒さと厳しさを肌に感じるこの季節、独り寝の寂しさに起き上がり窓の外を見れば霜寒のホルムの闇、しかし僕は恐ろしくない、夜を見るたびきみのやわらかな黒髪、その奥に星の光を宿す伏せられた睫毛、なによりも月光のような白い手を思い出すというのは嘘で、私だ。つまりテレージャだ。あのヴァンくんがこんなことを言い出したらその日のうちに世界が滅びるという話だ。でもちょっとはどきっとしたかい?

 さて、なんだってヴァンくんと親しくもない私がきみ宛ての手紙を代筆しているのか、順を追って説明しておこうか。
 地下遺跡の調査は予算の関係で不本意ながら停滞気味、政治的根回しを一通り終えて目下することのない私は、下宿に大人しくこもり連日論文を執筆している。そこにヴァンくんが一人で訪ねてきた。チュナくんの治療の件か、あるいは彼女に貸した本を返しに来たのかと思いきや、どうか内密できみへの手紙を代筆してくれと来た。チュナくんかパリスくんに頼めばよかろうと断りかけたのだが、人への頼みごとを嫌う彼が普段さしたる交流もない私のところにわざわざ出向いて頭を下げるとは、相応の切羽詰った理由があるのだろうと承諾した次第だ。
 しかしだよ、外套を脱ぎ差し出された丸椅子に腰掛けてくつろいだ姿勢をとり勧めた茶を飲み菓子をつまんだにも関わらず、ペンを握った私の前で、彼はいやに怖い顔をしてちっとも口を開こうとしないのだ。どうやらこの段になって話すか話すまいか悩みはじめたらしくて、私の貴重な午後の時間を割きながらなんだねこの態度。優柔不断男め。それで仕方ないからこの暇に、私が勝手にきみへの手紙を書くことにしたわけだ。文句はあるまい?
 といっても先週レンデュームのあの遺跡を案内してもらった際にきみとはあれだけ話しこんだわけで、今更当たり障りのないことを書く気も起こらないんだよなあ。きみだって手紙で天気の話なんかしたくもないだろう? ふーむ。ヴァンくんのことでも書くかね。

 パリスくんの少々いかがわしい土産物屋兼観光案内所はそれなりに繁盛の気配を見せている。英雄饅頭は一口かじったとたん薄利多売という単語が浮かび上がる味だが、店につめかける観光客の目的は饅頭ではなく、ホルムを、いや世界を救った若き英雄、アルケアの皇帝殺し、遺跡の征服者を一目見ることだからね。客寄せの珍獣よろしく店番を命じられたヴァンくんは、例の近づいてきたらおまえらをゆっくりと殺す顔(無法者との小競り合いや火車騎士団相手に絶大な効果をあげたその表情も、無邪気な大衆にとっては見世物小屋の刺激的な出し物の一つに過ぎない)で黙って三日耐えたあと、カウンターから逃げ出した。まあ長く持った方だと思うよ。
 今は彼は裏方に回って、港で倉庫の管理をしているらしい。また港に逆戻りだとまんざらでもなさそうな口調でいい、ちらりと笑ってみせた。なんだね、普段愛想がない分、たまに見せる笑顔は悪くない。確かに彼は素敵だ。キスくらいはしたくなるね。嘘だけど。
 ちょっとはどきっとしたかい? しなさそうだなあ。したまえ。


 結局ホルムを出て以来、ヴァンくんとは一度も会わずにいるのだね。
 きみたち二人とも、頑固だ。
 ああ、ヴァンくんがようやくしゃべり始めた。
 と思ったら黙った。
 長く黙っている。
 面倒くさいなあ、もう。ヴァンくんの口述は別紙にまとめておくから、そっちはそっちで読みたまえ。こっちはこっちで書くよ。

 この町を去ったきみが、故郷のレンデュームを拠点にあちこちを旅しているのは以前から知っていた。しかし先日、あの遺跡できみの口からその旅の理由と目的をきいて、私はひどく寂しい気持ちがした。もちろんきみの人生だ、私が口出しすべきではない。きみにとってカムール伯、お祖父様、そしてギュスタールくんは、きみの人生の一時期を、いや、もしかしたら生涯のすべてを投げうつ価値のある彼らなのだろう。幸福の形などそれぞれだ。正直にいって私には、きみやきみの郷の長老たちが口にする、けじめという物の重要性が理解できない。私の古代にかける情熱を、きみが理解できていないのと同じようにね(それとこれとを比べるなんて、なーんて怒らないことを願うよ)。
 私はきみの気持ちを思いやることはできる。心を想像することはできる。だがそういった私の頭の中の諸々は、実際にきみが経験し、きみが感じ、きみが思った数々の出来事とは、奈落まで続く深い深淵によって隔てられているのだろう。深淵になど気づかぬふりをして声をかけようとしても、あいにく私自身が血のしがらみと身分立場の面倒さや責務を十分承知の身上で、もっともらしい説得を口にできるほどの図太さは持ち合わせていないのだ。
 だから私はただきみに、今のきみはあまり幸福そうに見えない、私は寂しいね、そう伝えるだけだ。

 ヴァンくんはしかし本当にしゃべるのに時間がかかるな。日はそろそろ傾きつつあるが、彼の言葉はまだ二行しか書かれていない。内側では言いたいことが沢山渦巻いているのだろうけれど、それをうまく外に出せないようだ。出会った最初の頃はもっと単純極まりない粗野な人物だったのに(「殺しちまえよ面倒くさい」と彼が吐き捨てるのを何度耳にしたことか)、たった一年足らずの間に、性格も考え方も立場もずいぶんと成長した物だと思うよ。最近の彼の度を越した無口さや、ふとした時に見せる考えこむような表情を鑑みるに、彼自身は己の複雑さを持て余し気味なようだがね。なに、中が大きく膨れ上がれば、殻はそのうち勝手に砕けるさ。
 そういえばアーガデウムからきみたちが帰還した時、きみたちが目を覚ますまでずっと私がつききりだった話はしたかな。意識を取り戻したきみが最初に呼んだ名は、カムール様でもお祖父様でもギュスタールくんでもなかったよ。


 さて、現在ホルム伯にお願いしている遺跡探索の援助金が許可されれば、私もあと数年はホルムに滞在していられると思う。
 最初はなんという田舎町かと辟易していたが、暮らしなれた今では、この町も下宿もすっかり気にいっている。
 ひばり亭に立ち寄れば顔見知りの誰かしらがいるし、オハラさんの作る食事は安定した美味しさだ。時々チュナくんはエンダくんと一緒に遊びに来る。祭日には大河神殿には顔を出すが、ここの神殿の神官たちの説教は善良で当たり障りがなく、些か退屈だね。この町の新しい領主と同じように。そうそう、収穫祭の時に領主がエールを町民全員にふるまった話はきいたかな? 彼もこの町に馴染もうと色々努力しているよ。平和な場所で人心を掌握するのは至難の業だね。戦時はあらゆる物が速度と勢いを増すからこそ、安易に乱を好むテオル公子のような人々の尽きることがないのだろう。


 ヴァンくんは、さっきようやく口を開いたんだが、またすぐに黙ってしまった。こりゃあ夜になるかね。せめて考えがまとまってから来ればいいのにさ。
「私の貴重な午後の時間」
 今、試しにそう呟いてみた。
 ははは、ちょっとうろたえやがった。
 謝罪するかと思ったがしないね。強情で失礼な奴だ。不器用で真っ直ぐな奴でもあるので、私は彼がさほど嫌いじゃないんだよ。
 しかしこうして見ると、きみたちは本当に似た者同士だね。命のやりとりに躊躇いがなくて、静かで頑固で、血の絆に翻弄されている。ああ、なんだな、外野の私は愛しあうきみたちが二人で幸せになればいいなあと思うよ。
 うん、これにはどきっとしなくていいんだよ。
 そんなことは誰でもわかることなんだから。


 ヴァンくんと少し話をした。
 まったく馬鹿なきみたちだ。
 自分で立てた誓いを守るのも悪くはないが、臨機応変に誓いを守ったり破ったりするのはもっと悪くないよ。ホルムに来ればきみに会って喜ぶ人が沢山いる。皆の顔を見てから今後のことを決め直すのは、もっともっと悪くないと思うよ。


 きみの友人 テレージャより」




「フランさんへ

 ヴァンだ。
 テレージャから、貴方がギュスタールを見つけたという話をきいた。

 この手紙を急いで届けてもらおうと思う。
 出発を伸ばしてくれ。

 言いたいことはもちろんあるが、それは二人の、いや、自分の中のことで、貴方に伝えていいのかわからない。以前はこういう風に悩むことなどなかった。どうしても口にすることができない。自分が貴方の邪魔をしているように思う。

 出発するな。


 ヴァンより」



 *



「フラン様

ヴァンだ。
あなたの手紙を読んだ。
チュナの手が治ったのでまた彼女に代筆を頼んでいる。手紙と一緒にことづけてくれた塗り薬はよく効いたようだ。礼を言っている。パリスと俺からも同じように礼を。
冬至節までにはまた手紙を届ける。
あなたへの手紙はそれで最後にするつもりだ。


ヴァンより」



 *


「フランさん へ
 
 ぼくはヴァンです。
 ようやく、手紙、を書けるようになりました。
 字が汚なくてごめんなさい。

 ぼくは、毎日、勉強しています。チュナが、字を教えます。

 ぼくは、秋のあいだに、チュナの背がのびたことに、気がつきました。眠り病に、かかっているあいだ、チュナはずっと、つめものびず、髪ものびず、ぼくと、パリスは、チュナはもう、このまま大きくなれないのかなと話をしました。でもチュナは、もう元気です。まえより、わがままを、いいません。好き嫌いせず、なんでも食べます。パリスも、まえより、わがままを、いいません。ぼくは、ちゃんと毎日、家に帰ります。ケンカしません。
 ラバンが、いいました。
 よく、ぼくたちに、いいました。「生きていれば、いいことがある」と。
 ぼくも、そう思います。まえは、思いませんでした。フランさんと、まえに、よく、おはなししました。ハイキョを、旅しながら、よく、おはなししました。ぼくは、楽しかったです。ありがとうございます。いっぱい、いろんなこと、ありがとうございます。

 ずっと、ないしょにしていましたが、本当はアーガデウムに、ぼくは、ひとりで行くつもりでした。もうそこで、死んでしまってもいいかな、と思っていました。パリスには、いいませんでしたが、ぼくはずっと、この町がむちゃくちゃになったのは、全ぶぼくのせいだとわかっていました。チュナが病気になったのも、ぼくのせいでした。昔から、ぼくは、色んなことを、むちゃくちゃにするくせがあって、いつもケンカしたり、義母さんを悲しませたり、していました。だからぼくは、たいたすにのっとられないように、最後に、ぼくの体をむちゃくちゃにこわして、死のう、と思っていました。
 でもあの日、屋根うら部屋で、ぼくにキスをしてくれて、ありがとうございました。一緒に、アーガデウムに行ってくれて、ありがとうございました。女の子たちは、ぼくが、助けたり、物をあげたら、次もまた助けてね、なにかちょうだいね、という代わりにキスをします。でもあのとき、あなたは、ぼくを、助けようとして、キスしてくれました。ぼくは、あの時、ちゃんと生きて、あなたと一緒に、帰ってこようと、思いました。


 ぼくは、いっしょうけんめい、字を、勉強しています。ぱりす屋も、ちゃんと、手伝っています。ぼくは、だめな奴だ。いっしょうけんめい、考えました。ぼくは、あなたに、会いにいきます。弟のことに、けじめをつけるまで、この町には帰らないと、フランさんは、言いました。ぼくは、わかった、と言いました。でも、ぼくはその約束を、守りません。やっぱり、会いにいきます。


 朝、起きて、城をみたり、ひばり亭にいったり、港で、黒い髪の人を見たり、ご飯がこげたり、夜、ねむるまえに一人でいるとき、フランさんのことを、考えます。倉こで、荷物をはこんでいるとき、パリスとチュナと、三人でしゃべりながら、ご飯を食べるとき、ネルやオハラと、ひばり亭でお酒を飲んでいるとき、あなたの手紙を、読みかえすとき、考えます。
 チュナは、背が伸びました。エンダの世話を、お姉さんみたいに、やいています。チュナは、13歳に、なります。ぼくは、字を、勉強するの、楽しいです。パリスは、にこにこして、くだらないことをいっぱいいって、毎日、楽しそうにしています。ぼくはもう、朝、起きるたびに、今日は死んでもいいな、と考えること、なくなりました。代わりに、フランさんのことを、考えます。
 生きているの、いいことだと、思います。
 ぼくは、いっぱい、考えました。
 ぼくが、会いにいったら、どうかギュスタールのこと、殺して、けじめをつけるの、やめてください。生きているの、いいことです。家族が、いきているのは、とてもいいと思います。


 ぼくは、あなたに会いにいきます。
 明日、このてがみを持って、あなたに会いにいきます。どうか、怒らないでください。
 会ったら、今度はぼくから、キスさせてください。



ヴァンより」



end

TOP>TEXT>2009年冬至節/グッドエンド>明日手紙を