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/メロダーク マナ

「心配なさらなくても大丈夫ですよ。手にしておられるのが剣でも綴り方の教本でも、メロダークさんはメロダークさんです」
 礼拝堂から見渡す夕暮れの回廊には珍しく人影がなく、久しぶりに二人きりの時間だった。くつろいだ表情をしたマナは彼の肩に自然に頭を寄せてきたが、メロダークはますます悲観的な気持ちになる。
「少しは元気になられました?」
「いや」
「あら」
「こればかりは逃れようがない。そのうち俺は見る影もなく衰え、腹の出た、うすらでかい、融通のきかぬ頑固な老人になって、おまえをうんざりさせるのだ。どうせそういうことになるのだ」
 いつもの暗い調子で鬱々とそう言うと、マナが突然、勢いよく体を離し、メロダークを振り仰いだ。
「なんだ」
「あっ……いえ、な、なんでも」
 そう答えたマナの目が喜びに輝いている。メロダークからいそいで視線を逸らすと、
「そのくらいのお年になるまで、そばに……一緒にいてくださるおつもりなのだな、と思いまして」
 早口にそう言って、両手で見る間に赤くなりはじめた頬を挟み込んだ。メロダークには、その言葉の意味するところも、マナが突然こんなに嬉しそうになった理由も、さっぱりわからなかった。当たり前の話ではないかと思う。この娘は俺の信仰をなんだと思っているのか。
「それがどうしたのだ?」
 メロダークが重ねて問うと、マナはますます赤面し、深く深くうつむいてしまう。
「……ど、どうもしません。そうですよね。そんなの、普通のことですよね、メロダークさんには……最初からそういうお気持ちなんですものね」
 マナは膝元の長衣を握りしめ、洗濯するような手つきで揉みしだきはじめた。メロダークは、皺になる、と思いながら、黙ってその様子を見つめていた。ようやく手を離した時には、マナの顔には晴れやかな微笑が浮かんでいた。
「メロダークさん!」
 彼の方を見ないまま、そう言った。
「今夜もお夕食を召し上がっていってくださいね。果実酒を出して……夕べの残りのパイにするつもりでしたけれど、お肉をご用意します。メロダークさんがお好きなように、ようく焼いたお肉を!」
 彼が彼の好みで料理すると、火が通り過ぎていて食べられたものではないと容赦のない文句をいうくせに、嬉しそうにそう宣言する。一度腰を浮かしたマナは、すぐにまた座りなおした。メロダークの肩に飛びつくようにして彼の頬にキスすると、今度こそ立ち上がり、身を翻して礼拝堂から出ていった。突然のことで驚く暇すらなかった。
 揺れる髪の下に覗くマナの両耳は真っ赤だったが、石畳を駆ける足取りは、楽しげに弾んでいた。
 一人残されたメロダークは、子供は気楽でいい、再びそう思いながら、柔らかな唇の感触が残る頬を撫でた。悪い気分ではなかった。

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