髪は白いし目も赤いし変な子。
お母さんは仲良くしなさいっていうけど嫌だな。
神殿でいい匂いがするのは、アークフィア様のためにお香を焚いているからだって、お母さんが教えてくれた。
あの白い子は神殿の子なんだって。巫女長様や信者の人たちに抱っこされたり手をつないでもらってる。
ちょっとだけうらやましい。でも別にいいもん。
お父さんがそろそろネルも文字や計算を習わなくちゃなと言った。
神殿で学校をやっていて、小さい子はそこで勉強を教えてもらえるんだって! お友達もいっぱいできるんだって! お母さんがパンと果物でお弁当を作ってくれるって! 楽しみ!
……。
……じっと座ってなきゃいけないなんてだまされた。
五、たす、七は?
指が十本しかないから無理!
私はどうやら、勉強が嫌い。みたいです。
神殿では巫女様が勉強を教えてくれるけど、時々巫女長様が様子を見に来る。巫女長様は去年死んでしまったおばあちゃんみたいだ。頑張っているねえってにこにこして頭をなでてくれる。勉強は嫌いだけど、巫女長様や巫女様やお友達に会えるから、神殿に行くのは好き。
でもあの子はやっぱり嫌だな。
授業中あの子はいつも後ろの席に一人で座ってる。
みんなに白い子って言われてる。
新年なのでお父さんとお母さんと一緒に神殿に行った。
お母さんが新しい服と髪飾りを作ってくれた。服も髪飾りもまっ白いすべすべした布に花の飾りがついていてとっても素敵。神殿は本殿にも回廊にもいっぱいいっぱい人がいた。町中の人が集まったみたい。お友達がいないかなと思ってうんと背伸びして探していたら、祭壇のそばであの髪の白い変な子が巫女様の白い服を来てアダ様のお手伝いをしているのを見つけた。髪の毛と服が同じ色でちょっとだけ綺麗だったけど、知らないお姉さんたちが指をさしてわあ髪の毛が白いわねえあの子変な目の色、拾われた場所がここでよかったわねえってくすくす笑ってた。何を落として拾われたのかな。なんだろう。それで笑われてるのかな。あの子と友達じゃなくてよかった。
神殿に集まった人たち皆で歌を歌ったあと、中庭で焚き火をして、去年のように大きな牛を焼いた。アークフィア様にお供えするっていうけれど、あの牛は皆で食べるんだよ。なんでそれがお供えしたことになるんだろ? お父さんが私を肩車してくれた。中庭でずっと火が燃えているせいで神殿の中もぽかぽかしてて、お父さんもお母さんも私も汗をかいた。でもあの子は火の側でずっとじっとしていた。熱くないのかな。やっぱり変な子。
焼いた牛をもらって食べたあと、アダ様にご挨拶してから神殿を出た。神殿の前の階段をおりて大きな通りにでたら、あの白い子が神殿の中から走ってきた。わたしはお父さんとお母さんと手をつないでいた。「あらどうしたのマナちゃん」ってお母さんが訊いたら、あの白い子は顔を真っ赤にして「わ……忘れ物」って言って花の飾りがついたわたしの髪飾りを差し出した。いつのまにか落としてたんだ。「あらっ、ありがとう、ネルほらお礼は?」お母さんがそう言ったけどわたしはなんだかすごく恥ずかしくてお父さんの足にしがみついてお父さんの後ろに隠れていた。近くで見たら白い子は髪も服も汗でぐっしょり濡れていて、体からは焚き火の煙とお香の匂いがしていた。はーはーいっていたから一生懸命走ってきてくれたんだなと思った。わたしの髪飾りはお母さんが受け取って、白い子はお母さんににこっと笑ってからまた走って神殿の中へ戻っていっちゃった。
あの白い子は汗まみれだったのに髪飾りは全然濡れてなかった。
お母さんにそういうと、あらちゃんと手を拭いてから持ってきてくれたのねえ、マナちゃん偉いわねネルもお客さんに物を渡すときはそうしなきゃ駄目よ、と言った。
やっぱりあの子好きじゃない。
……多分。
三、かける、五、は?
もう、勉強きらーい!
あの子に初めて「おはよう」って言ってみた。赤い目を丸くしてわたしを見て、「おはよう」って小さい声で返事された。ちょっとだけ恥ずかしかった。あの子も恥ずかしそうだった。
お母さんと一緒にデネロス先生のところへ行った。デネロス先生のおうちは町はずれの森の中にある。お母さんがデネロス先生からお店に置く色んなお薬を見せてもらっているあいだ、わたしは先生の小さな薬草園にお水をやったり、樽の中のきらきらした土をふるいにかけたりしてあげる。
先生はまっ白いおひげで、長い杖を持っていて、色んなお話を私にきかせてくれて、最後は飴をくれる。デネロス先生も先生のお話もお薬を作るお手伝いも全部大好き。もちろん飴も!
今日は台所のお片付けを手伝ってあげて、そしたら先生に「力持ちだねえ」って誉められた。えへん。私は力持ちなのだ。
そのあとお母さんが先生にご飯をつくってあげた。ご飯ができるまでのあいだに、先生はわたしに仙女様のお話をしてくれた。池に斧を落としたら、綺麗な服を着た仙女様がでてきて正直な人にだけ立派な金の斧をくれるんだって。すごい! あと仙女様は蛙になってしまった王女様を人間に戻したりもできるのだ! ますますすごい!
仙女様になりたいと先生に言ったら、「人間には魔術師や精霊使いがせいぜいだが、どちらにしてもまあ……お前さんには少うし難しいだろうなあ」って言われた。魔法使いって難しいんだ。
帰り道に先生はどうしてあんなところに一人で暮らしているの? 町に住めばいいのにってお母さんにきいた。
デネロス先生はずっと昔、魔法使いがいっぱいいるところからこの町にやってきて、それからずっとあそこで暮らしているんだって。
「多分神殿の側だと嫌がる人が多いからじゃないかしらねえ」だって。
うーん。よくわかんないや。
森に一人で遊びにいって大きな池のそばで仙女様ごっこをしていたら、足を滑らせて池に落ちてしまった。
慌てて池の周りに生えた長い草をつかんだけど、草がずるっと手から抜けて、池の縁の赤い土がもろもろと崩れてわたしの体はゆっくり水面に落ちていった。もしかしたらここは底なし沼かもと思いついてとたんに怖くなった。土に爪を立てて「助けて!」と大きな声で言ったけど誰もいなかった。
でも大声でもう一度助けて! って言ったら、近くの茂みががさがさいってあの白い子が出てきた。薬草の入った籠を抱えたあの子は真っ赤な目を丸くしてわたしを見ていたけれど、わたしがわーって言ったら籠を放り投げて走ってきて、やっぱりわーって言いながらわたしの両手を捕まえてくれた。そしたらあの子も池に落ちた。やっぱりずぶずぶと沈んでこのまま二人で死んじゃうのかと思ったら、胸のところまで沈んだところでようやく池の底に足がついた。
池の中でずぶ濡れのまま二人で抱き合って泣いてた。しばらくしたらつばのある帽子をかぶった知らないお爺さんがやってきて、驚いた顔で「水泳にはまだ早かろう」って言った。「落ちちゃったから助けてください」って大きな声で言ったら、お爺さんは大きな声で笑った――「まあそうだろうな。待っとれ、今助けてやるよ」だって。お爺さんは近くの木の幹にロープの片方の端を結んでもう一方の端は自分の腰につけてから池の中へ下りてきて、わたしとマナを拾い上げて助けてくれた。そしてお爺さんは右手でマナの手を引いて、左腕でわたしを抱えて――お爺さんの左手は鉄の爪だった――わたしたちをひばり亭まで連れていってくれた。
ひばり亭のオハラさんは、わたしたちの体を拭いてくれて魚のスープをくれて、濡れた服は厨房の大きな竈の前に干してくれた。わたしとマナは竈の前の木のベンチに並んで、二人で一枚の毛布にくるまっておいしいスープを飲んでいたら、お母さんとアダ様が来てくれた!
わたしはお母さんに叱られた。
マナはアダ様に叱られた。
神殿に行ったらマナがいてほっとした。なんとなくもう会えないような気がしたんだ。なんでだろ。
大きな声で「おはよう!」って言ったら、小さい声で「おはよう」って返事された。このあいだはありがとう、って言ったら、すっごく恥ずかしそうににこって笑った。
マナが小さな紐をくれた。これを服につけておいたら、魔物が寄って来ないんだって。
魔物なんかいないよって言ったら、マナはちょっと困った顔をしてた。マナの隣に座って勉強した。マナは字を全部間違えずに書けるんだって! 計算もできるんだ! すごいなー。
このあいだのお守りのお礼に髪飾りを作ってあげた。髪を結んであげたらマナは喜んでた。上手だねえ綺麗だねえって言われた。えへん。一緒に授業を受けてる他の子たちも近づいてきてわあすごいねえって言った。えっへんえっへん!
そうやってみんなでしばらくマナの髪を触ってたんだけど、しばらくしたらマナの髪の毛はなんでそんな色なの? って誰かがきいて、マナは赤くなって、なんでかはわかんないけど赤ちゃんの時からずっとだよ、って恥ずかしそうに答えて、みんなでへーって納得した。
わたしは字と計算を覚えたから、もう神殿の授業には行かなくていいんだって。
マナにもう勉強には来ないって伝えたらすごく泣きそうな顔になって「ふーん」って言った。そのあとやっぱり泣いてた。
マナってすごく泣き虫。
だって神殿で会わなくてもいつでも遊べるじゃん! 友達なんだから!
でもわたしも泣いちゃった。