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溶けていく 1

エンド後/マナ メロダーク

 あんなにたくさん二人で話して決めたくせに、毛布の端が持ち上がり裸になった男の体が滑り込んできたとき、マナはとっさに両目を閉じて、もう眠っているふりをした。
 壁のほうを向いて口元まで引き上げた毛布を汗ばむ手で握りしめ、「マナ?」耳元にそう囁かれても返事をしなかった。このままじっとしていれば、メロダークが何もせずに部屋を出ていき、そうすればまた昨日と同じ明日が来るような気がした。
 腰の上に何気なく掌が置かれた。
 ただそれだけのことで、暗い水底に沈められたような圧迫感と恐怖と混乱を覚えた。薄い肌着を通して、男の手の熱と重みが伝わってくる。呼吸ができなくなる。手足が痺れる。怖くてたまらない。
 すくみきった少女の脇腹を、男の右手がためらいのない自然な動きで滑っていった。体に引きつけた腕の下をくぐり抜けて、体の前面に指が這い、片方の乳房をつかむ。
「あ――」
 狼狽した声をあげてしまったので、眠っているふりももうお終いだ。
 いそいで両膝を胸に引き寄せ体を丸めたが、メロダークの動きは怯まなかった。もう一方の手で少女の腰に触れ、背後から覆いかぶさるように華奢な体を抱き締めた。
 乳房をつかむメロダークの手に力がこもり、なだらかな丸みを帯びたそれに太い指が食い込んで、マナが思わず息を止め、形を変えるほどに強く、硬い芯の部分に鋭い痛みが走る。
「痛い……嫌……」
 声を漏らすと、手が乳房から離れて腹へと下りていく。場違いなくすぐったさにマナは震える。
「マナ」
 ざらついた顎が肩に乗った。背に腰に尻に、メロダークの硬く引き締まった体が触れている。
「こちらをむけ」
 マナは身じろぎもせぬまま、ますます固く目を閉じた。
 瞼の裏の暗闇に何かの模様がじんわりと広がり、光を滲ませたあとに消えていく。子供の頃、眠る前に現れるその模様が不思議で、アダ様にあの光はなんですかとお尋ねしたら、昼間に見た光がお前の目の中に残っているんだよと教えていただいた。お休み、マナ、女神様にお祈りしてからお休み。そうすれば何も怖くない。
 じっとしていた大きな手が、マナの返事がないことに痺れを切らしたかのように、またゆっくりと動きだした。肌着の上から体をすみずみまでまさぐられる。ほとんど力のこもらぬ穏やかな手つきだったが、マナの目から涙がこぼれた。やっぱり、どうしても、絶対に駄目だと思った。口の中がからからに乾いて、上顎に張りついた舌がまるで異物のようだ。
「あの」
 と震える声が出た。
「あの……あ、あ、あの、メロダークさん。や……やっぱりできない。できません。駄目みたいです。やめましょう。これはしない方が……その方がきっと」
 メロダークの両手が体を離れた。ほっとしたのも束の間で、無遠慮に肌着の裾をつかまれ、一気にめくりあげられる。
「あっ……!」
 とっさに肌着を押さえたが、無駄だった。自分から「私が嫌だと言ってもやめないでください」と頼んだ癖に、怯えきって、何度も水をくぐって擦り切れ薄くなった肌着を必死で引っ張る。男がいくらか強引な動きをし、脇の部分で布が破れる音がした。はっとして手を離せば、たちまち肌着が引き上げられ、頭から抜き取られる。むきだしになった胸を隠す暇もなく、最後に一枚だけ体に残った、腰を隠す下着に男の手がかかった。
「駄目です」
 泣きそうな声で抗議すると、「大丈夫だ」そう囁かれ、その下着も引き下ろされていく。毛布が揺れ、軽い布地が床に落ちる音がした。
 首筋に生温かい湿りを帯びた物が触れ、唇を押し当てられたことに気づいて総毛立つ。頭に血が上っている。耳が熱い。ますます背を丸めるが、丸くなった背骨の列を、そこが決められた道であるかのように、唇と舌が這っていく。
 肩に乗せられた掌の大きさと重さに、自分よりずっと体の大きい、力が強い人なのだと改めて気がつきまた怖くなるが、さっきまでのただ圧迫されるような恐怖とは少し感じが違っていた。出会ってからのいくつかのことを思い出したせいだ。最初に背の高い人だと思った。マナの力ではびくともしなかった扉を一撃で蹴り開けて、後から心配になり、廃墟の先頭を歩く男に駆け寄っていき、ようやく追いついて息を切らしながら、「あの、あの! さっき、お怪我はありませんでしたか?」と尋ねれば、なぜか驚いたような顔でこちらを見下ろしたメロダークが「大丈夫だ」と答え、すぐに勢いよく顔を背け、「な、なんですか?」と問うたが「いや、なんでもない」、そう答える声はいつもと違って、確かに笑みを含んで震えている。なぜ笑われたのか理解できず、しかし自分を馬鹿にしたものではなくむしろその反対で、己に対する温かな好意を感じ、それに呼応するように男に対する思いがけぬ強い愛情が胸に沸き上がり、その感情にたじろいだのを覚えている。
 そうだ、あの頃からそういう風にこの人を見ていたのだ、ずっと好きだ、好きだからするのだ。
 ようやく勇気が戻ってくる。
 思い切って体ごと後ろを振り向くと、メロダークの顔がどきりとするほどすぐそばにあった。月光に晒された薄明かりの下、底光りする目と目があって、次の瞬間、骨がきしむほど強く抱き締められた。男の心臓の鼓動がひどく速いことに気づいて、ああそうだ怖いのは私だけじゃない、これは二人でしないといけないことなのだと遅ればせながら思い出し、震える手を男の背に回すと、ぎこちない抱擁を返した。



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