TOP>TEXT>神殿に拾われた孤児>仙女の贈り物13

仙女の贈り物 13

12月31日



 年末の大掃除の仕上げに夜種マーメイドが泉の底を四角く掃き清めている最中、頭上でどぼんと音がした。見上げると、ルギルダがゆっくりと沈んで来るところだった。
 夜種マーメイドは箒を脇に起き、びしっと腰を曲げて、折目正しい挨拶で泉の仙女を出迎えた。
「お帰りなさいやせ、ルギルダさん」
 淡水に棲んでいることからもわかるように、清く正しく変態なマーメイドである。近所づきあいは大切にする方だ。
 水底に到着したルギルダは、抱えていた剣や杖を地面に落とす。
 泉に投げ込まれる様々な物品に対し、複数の上位互換品でもって対応を続けるのは大変なことなのだ。泉の精としては仕事をさぼりがちなルギルダであるが、このように日々それなりの努力をしているのである。具体的には時々地上に出て、そのへんに落ちている物を拾って来る。
「……どうもー。メリー冬至節……」
「そういやぁ冬至節にはお会いできませんでしたね。こりゃご丁寧に。はいメリー冬至節、ごっつぁんでござんす。しばらくお留守だったようですが、どちらへお出ででしたか」
「……ホルムの町。宮殿が通れなかったので、遠回りして帰って来ましたー……」
 ああ、とマーメイドはうなずいた。例の皇帝との一件で、ルギルダが人間たちをあれこれ手伝ってやっているのは知っていた。そういえば先日彼女の留守中にわざわざ訪ねて来たところを見ると、あの子供たちの方でもルギルダを好いていたと見える。夜種マーメイドはだいぶ腫れの引いた頭頂部のコブを撫でながら、
「宮殿の通路ももう……そりゃあ残念でやしたね」
 と、言った。
 ルギルダは片手をあげて、顔の前でぱたぱたと振ってみせた。
「……水さえあればどこでも行き来できるから。正直、平気……」
「あ、そうなんですかい」
「……その気になれば月にもいけます」
「そいつはすげえや。さすが姐さんだ」
 夜種マーメイドは適当な相槌を打った。ルギルダの言っていることが本当だとしても、月に行く必要はどこにもなかろうと思う。


 一年で最後の日が暮れるにつれて、水底も暗くなっていく。
 異変に気づいたのは冬の初めであったか。森の上に広がる作り物のはずの天蓋から、時折懐かしい太陽の陽射しが差し込むようになっていた。日照時間は日に日に長くなっていき、冬至節にはついに朝から夕方まで太陽が森を照らし、夜には月が登った。
 皇帝の滅亡から一年の時を経て、ようやくこの塔はタイタスの呪縛から解放されたようであった。
 もちろん何かいいことがあれば、必ず悪いこともある。泉の底では太陽に興奮したフナたちが昼夜の区別なくはしゃぎまわり、夜種マーメイドもルギルダも、寝不足から風邪を引きこんで大変だった。

 水底に立てた棒のてっぺんで結び付けられた数本のリボンが、ゆらゆらとワカメのように揺れている。いい具合に手に入ったリボンでルギルダが作った、フナ避けである。
 フナ避けの下で夜種マーメイドは、ルギルダのと自分のと二人分の椀を並べていた。鉄の鍋、染み付いた悪臭を取るのに数日かかった、の中ではソバが茹であがっている。ニシンの煮付けを椀に入れながら、ワタシもそろそろ引越さねえとなあと思う。あまりぐずぐずしていると、このまま野良夜種王になりかねない。
 新しい年には新しい出来事と、新しい出会いがあるだろう。

 ちゃぶ台について仲良く年越しソバを食べている最中、ふと顔をあげたルギルダが、「そういえば」と言った。
「……来年には、長年の夢がかないそう」
「そりゃ一体なんですかい」
「赤ん坊」
「えっ」
「……の名付け親」
 夜種マーメイドが特に反応を示さずにいると、ルギルダはマーメイドの目を見つめながら、ぐっとガッツポーズを取った。
「名付け親」
 二度言った。強調された。
 仙女業界の慣行はよくわからない。ソバをすする夜種マーメイドをよそに、ルギルダは一人で盛り上がり始めた。
「赤ん坊の名付け親。それはすべての仙女の夢。未来。青雲。人間に贈りたい物ランキング不動の一位は……ダラララララ……じゃーん……名前。ひゅーひゅー……」
 ルギルダは箪笥の上に飾ってある小さな人形に目をやった。
 実に適当な木彫りの人形は、白い髪に赤い目で、菱形の口がついている。雑な作りではあるが、モデルになった人間の特徴をよくとらえていた。ルギルダは大変満足そうな顔で言った。
「……カエル好きは、期待を裏切らない」
 そういうもんですかねえという言葉を、夜種マーメイドは汁と一緒に飲み込んだ。こんなに嬉しそうなルギルダを見るのは、初めてのことだったからである。



end

TOP>TEXT>神殿に拾われた孤児>仙女の贈り物13