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仙女の贈り物 12

12月27日



 長い廊下を歩き続けたその先は、行き止まりであった。
 天井まで届く分厚い石板が行く手を遮っている。

 元は翡翠色であったらしい厚く重い石板は歳月に洗われ、すっかり色褪せてしまっている。千年、二千年昔から、この扉はこの場所にあったのだろう。

 魔法の明かりを灯した杖を掲げ、未練たらしく天井や床の隅々までを照らしていたマナは、指先が寒さにかじかんで来た頃にようやく諦めて、背後のメロダークを振り返った。
「完全に塞がっているようですね。他の塔と同じです」
「……そうだろうな」
 森も、空も、以前に比べれば大分狭くなっていたからな、と淡々とした口調で言う。小人の塔も巨人の塔も、通路が消える前はそうだった。
「ここはまだ大丈夫かと思っていたのですが……」
「……そろそろ終わりだとわかっていたから、ルギルダも、会いに来るのを喜んでいたのだろう」
 マナは最後に、かつては扉であり通路であった石板の表面をそっとひと撫でしたが、魔法の力は今は拭い去られたように痕跡もなく消え去り、掌に伝わるのは、他の廃墟の石塊と同じようなひんやりとした冷たさだけであった。

 彫刻に彩られた宮殿は、探索していたころと違ってしんと静まり返っている。邪悪な気配も歪められた命の息吹も消えたそこは、はるか昔に滅んだ都の、忘れられた建物のひとつにすぎなかった。
 二人の生者は足音もひそやかに宮殿と洞窟を抜け、真昼の地上へと戻っていった。


 洞窟の外では灰色の雲が天を覆い、雪が舞いはじめていた。雪はマナの髪にも服にもぶつかり、パラパラと囁くような音を立てた。
「そういえば私、すっかり忘れていたのですが」
 雪を避けて背の高い木の下に入りながら、マナが言った。
「メロダークさんに冬至節の贈り物をお渡ししていませんよね?」
「……ああ、お互いにな」
 ルギルダへの贈り物が決まってからと思っていたのだが、そちらに気をとられて結局何もしないままであった。
「冬至節はもう過ぎてしまったのですけれど、私、何かお贈りしたいです。欲しい物ってありますか?」
「……お前はどうなのだ」
「私ですか? 私はもうルギルダさんからいただきましたし」
 戦うべき敵のいないホルムで、二つのカエルタッパーは宝物庫の棚に仲良く並んで収まっている。扉が修繕されてマナの力でも開け閉めが楽にできるようになったので、来年はこれまでより頻繁に宝物庫に出入りして、カエルたちの面倒も見てやれることだろう。
 春になれば小川に行き、また散歩をさせてやらなければならない。両手でないと持てない重いタッパーなので、二個は大変だ。いやそれならメロダークと一緒に行けばいい。春が来たときも、必ず彼は自分の側にいるはずだ。
 そういうわけで、『では春になったら一緒にカエルタッパーを運んでください』と頼みかけるが、さすがに思いとどまった。どれだけカエルが好きなのかという話だ。
 自分も自分で、何かにかこつけないと、本当に欲しいものが言えない。真剣に考え込んでいる様子のメロダークの顔を、以前よりも一歩近い距離から見上げ、私の欲しいものは、とマナは思った。
 メロダークが組んでいた腕を解いて、マナを見下ろした。
「……そうだな。お前の側にいられれば、それでいい」
「他に何かありませんか?」
「いや。私の望みはそれだけだ」
 マナは無言で男の手を取ると、冷え切った大きな掌に、そっと口付けを落とした。
「来年の冬至節も……」
 温もりを分かち合うように、両手でメロダークの手を包み込む。
「その次の年も、次の次の年も。ずっと一緒にいてください。どうかずっと、一番近くに」

 舞い散る雪の中、メロダークが両手でマナの頬を挟み、上向かせた。まっすぐな少女の瞳をしばらく見つめていたが、やがてマナが目を閉じたので、身を屈め、キスをした。

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