12月25日
パーティーは終わった。
明かりを落として夜明けを待つ静かな酒場で、マナはふと、外に出てみたくなった。
いっぱい笑っていっぱい踊ってさっさと沈没したネルは、マナの肩にもたれかかり、安らかな寝息を立てている。その膝には、床に座ったエンダが頭を預けて、こちらはいびきをかきつつ眠っていた。パリスとチュナは再び熱を出したシーフォンを、デネロスの庵へと送っていった。ネルの頭をそっと向こう側へ押し戻して立ち上がる。カウンターの端で先ほどまで静かに何事かを語り合っていたキレハとテレージャは、うつらうつらと船を漕いでいた。二人の側を通った時に、キレハが眠たげな目をあげたが、マナが軽く会釈をするとすぐにまた瞼を下ろす。床に転がった酔っぱらいを避けながら、マナはひばり亭の出口へ向かった。
冬至節の夜空は満天の星であった。吐いた息は薄闇の中で白く溶けた。
特にどちらへという当てもなかったが、通りに出たマナの足は、自然と西へ向かった。人いきれにくたびれたせいか、川の流れが恋しかったのだ。だがたいして歩かぬうちに、背後から誰かの足音が聞こえた。マナが振り向くと、マントを手にしたメロダークがやってくるところだった。いつものように無言で近づいてきた男は、彼を待つ少女の側まで来ると、マントを彼女の肩に着せた。大きすぎる黒いマントを胸元でかきあわせたマナが礼を言おうとした時、メロダークの視線が動いた。
橋の上にぼんやりとした人影があった。
周囲を照らす星や月の光とは別に、女の周囲には薄青い光が落ちている。
もちろんルギルダであった。マナとメロダークが駆け寄っていくと、
「はい、どうもー……メリー冬至節」
と言った。どこで会っても気さくな仙女であった。
「ルギルダさん!」
会えて嬉しかったのと、先ほどまでのパーティーの余韻とメロダークとのことの興奮が体にくすぶっていたのとで、マナは普段なら決してしないようなことをした。つまりルギルダの名前を呼びながら、勢いよく、人懐っこく、ネルやエンダがよくそうするように、両腕を伸ばしてルギルダに抱きついたのだった。
水の精霊だけあって、ぐんにゃりしていた。
ひんやりもしている。
端的にいうと、冷え性の娘さんと大体同じような抱き心地であった。意外なことにそこまで湿ってはいなかった。
ぎゅっとルギルダを抱きしめたマナは、突然の抱擁を受けた仙女の体がまったくの無抵抗なのにはっとなり、慌てて体を離した。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
相手は精霊なので、触れるのは失礼というか体に負担を与えてしまう気がする。探索中、シーフォンは召喚した人工精霊を枕や緩衝材としてかなり気軽に活用していたが、あれはまた特殊な例だろう。
ルギルダはとりたてて感想もなさそうな顔をしていた。が、
「びっくり冬至節……」
と言った。驚いていたらしい。
「あっそうだ、メリー冬至節、ですね! ルギルダさん。せっかく来て頂いたのに、パーティーはもう終わってしまったんです」
「出席していましたー……」
「えっ?」
「いた。目には見えずとも、大体、どこにでもいます。精霊なので」
「そうなのですか」
こくりとうなずいたルギルダは、しばらくの沈黙のあと、首をひねった。
「……嘘?」
「どっちですか!」
パリス式の突っ込みを入れてしまう。
「楽しかったので、満足」
そう言ったルギルダの表情は相変わらず読みづらかった。なにはないが、この仙女が喜んでいるようにマナには思えた。
「……では、今年もよいこだったあなたにプレゼント」
そう言ったルギルダは、どこからか取り出した四角い箱を、少女に押し付けた。
「あっ、ありがとうございます!」
反射的にお礼を述べて受け取ったマナは、それから、まさかと思った。
一抱えもある大きさの、薄い蓋で密閉された持ち重りのするそれは、マナには大変見覚えのある箱であった。
恐る恐る蓋の端を開けてみる。中身が見えたとたん、思わずうめき声が出た。マナの肩越しに中身を覗き込んだメロダークが、
「カエルだな」
と、言わずもがなのことを言う。
「あのう、ルギルダさん、お気持ちは嬉しいのですが実は、去年いただいたものがまだ手元にありまして」
「……あれ、気に入った?」
マナは真面目に考えこみ、正直なところを答えた。
「今でも少し困っています。でも気に入っています。あの、前にもお話しましたけれど、元からカエルは好きなんですよ」
ルギルダはうなずいた。
「……それはなにより。ではお元気で。なかなか楽しかったです……」
唐突な、そしてらしからぬ別れの言葉だった。マナはもう少しルギルダと話したいこともあったし、ひばり亭に戻れば他の仲間たちもいるし、そういうことを言いかけた時、マナが手にしたカエルタッパーがごとごと動いた。マナとメロダークの意識は一瞬カエルたちにむかい、次に顔を上げたときには、橋の上からルギルダの姿は消え失せていた。後には天上の星を反射して、きらきらと輝きながら流れる川の音が残るばかりであった。