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溶けていく 30

 俺は子供の頃、これと同じことを命じられた。すべてを捨てた俺が引き換えに得たのはひと振りの剣だけだった。俺の人生は断絶し、思い出を失い、時間とも空間とも人との絆とも繋がりをなくし、その先はただ生活の断片を拾い集め、形にしては己の手でまた砕き、密偵として馴染んでは裏切り、裏切っては次の場所へ行き、それを繰り返し、そのうちに己が剣しか持たぬ者であることに慣れ、しかし俺がお前に望むことはそれよりもなおひどい。俺には鍛えられた鋼ほどの価値もなく、捨てよと命じるすべての中には、お前の魂までが含まれている。お前をユールフレールへ連れ去ろうとしたあの日のように、お前に自分と同じ、いや、それ以上の苦痛を与え、果たすべき役目を持つお前を砕き、欠けた器とし、お前を愛する人の輪の中で微笑み光を放つべきお前に、忘却界を彷徨う影となれと言うのだ。
 正義でも民衆のためでも神々のためでもなく、何者でもない、汚れた手をし、神々に見捨てられた一人の男である俺のために。

 肉体が魂を運ぶ舟であり、それ以上の役目を持たぬというのなら、この欲望のすべては間違っているのだろう。しかし俺はそうは思わぬ。受けた生に意味があり、与えられる死に意味があり、ついた傷のひとつひとつに意味があり、災禍に意味があるように、肉体が快楽を求めるなら、それにも意味があるのだと思う。



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