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溶けていく 31

 最初に靴を脱いだ。
 素足になってメロダークの腕の中から立ち上がると、男には背を向ける。胸元のリボンを解いて、薄い巫女装束を床に落とした。あっという間に剥き出しになった体に、春の夕暮れの冷気が染みた。
 深呼吸してから、胸を抱き、腿の半ばまでを隠す薄い肌着姿で男に向き直った。驚愕の表情を浮かべた彼を見下ろして、緊張と恐怖に荒く弾む呼吸を整え、鋭い笑みを閃かせた。
「明日になれば、きっと気持ちがくじけてしまいますね」
 体の前を隠していた両手をあげる。男の視線を感じながら、髪を結っていた細いリボンをほどき、それも床に落とした。流れ落ちてきた髪を払うこともせず、最後に首筋に纏わり付く細い銀の鎖に指をかけ、その瞬間から手が震えだした。首から外れる瞬間、白い乳房の間で女神の星の欠片は己を繋ぐ銀の鎖とぶつかり合い、涼しげな音を立てた。マナは一瞬の躊躇のあと、窓際の書き物机に近づき、宵闇から微かな光を集めて輝く月長石を卓上に置いた。
 机から離れた少女が乱れた寝台に上がり、毛布をつかんでその中に潜り込む様子を、片膝を立てて床に座り込んだメロダークは、食い入るように見つめていた。
 毛布を首まで引き上げてから、マナは表情を消したメロダークの方を、最後にもう一度だけ見た。
「もしも」
 男に言うと同時に、自分自分にも言いきかせるつもりで、ゆっくりと唇を動かした。泣きたいくらい恐ろしくて、子供のように声が震えていたが、もうそれを隠そうとは思わなかった。
「もしも本当に私をお求めになるのなら、私が途中で気持ちを変えても……どうか最後までしてください。私が泣いて嫌がっても止めないで。この先もずっと、ずっと。死ぬまでの間、ずっとです」
 メロダークの眉間に皺が現れた。男の逡巡が見てとれたが、マナはもう言葉を重ねなかった。メロダークにはくるりと背を向けた。白い壁に落ちた夕日の残照が淡く滲み、薄闇に溶けだしていくのを見つめていた。


 いつも安心して、穏やかで、幸福な気持ちでいてもらいたいと思っているのに、いつもその真逆の目に合わせている。それなのに決して離れないと思い込んでいたのはなぜだろう。今もそうだ。メロダークは必ず自分の求めに応じると信じて疑わずにいる。
 今日この日まで、誓われた忠誠をなんの留保もないままに、疑いもなくただ信じていた自分に気づき、慄然とした。
 疑いのない一途な気持ちが信仰ならば、これが私が初めて得た本物の信仰か。
 それならば自分の棄教は、大河のほとりで忠誠を誓われたあの日からすでに始まっていたのだと思う。


 両目を固く閉じ、心臓が早鐘のように鳴る音をきいていた。毛布が素肌に当たったところがやけにちくちくする。


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