二人で裸で抱き合っていることが異常だ。
悪いことをしている。
そう思う。
ぎこちなくしがみついたまま、泣くのを必死でこらえている。
「マナ」
低い声で名前を呼ばれ、いつもなら気持ちが落ち着くのに、今はただ混乱が増していく。とうとう声をあげて泣き出してしまう。
「ごめんなさい……ち、違うんです……な、泣いて……泣いたりして、ごめんなさい。こ、怖……怖くて……」
体を引き上げるように抱き寄せられて、男の首筋に鼻がぶつかる。涙や鼻水がついてしまう、汚いと思うのに、メロダークが気にした様子もなく頬を擦り寄せるものだから、マナはますますもがいて、ますます固く抱きしめられた。
顔と乳房を胸板に押し付けられ、太股には両脚を挟まれて、ぴったりと密着した皮膚と体毛の感触や、ぐんにゃりとした性器も含めた男の体の形や、温もりや、匂いや、そういった全部が恐ろしく、内臓が裏返るような強烈な吐き気を覚える。だがその一方で、背を撫でる硬い手の柔らかな動きに、今までに味わったことのない安堵がこみ上げて来る。うなじに添えられた手が髪の生え際を擦ると、後頭部がちりちりと音を立てるような快感を感じた。恐怖と愉悦が同時に裸の体を叩き、涙が止まらなくなる。
心臓が苦しい。
しなきゃ、と思う。
私からもしなくては。
接吻を与えようと思い切って目を閉じ、勢いよく顔を近づける。メロダークのざらついた頬に鼻をぶつけ、変に尖らせた唇が頬骨のあたりをかすめただけに終わった。
失敗した。
失敗した――。
自分は口づけすらろくにできない、そう思うと頭の中が真っ白になって、たちまち固まってしまう。
「あっ……ご、ごめんなさ……」
恥ずかしさと申し訳なさにまた涙が出てきて、最後まで言い終えることができなかった。
メロダークがしゃくりあげるマナの顔を自分の肩に押し付ける。
「なぜ謝る」
なだめるように声をかけられた。
「だって、今、じょ……上手にできなかった……」
「なんだ」
「キ……キス……できなくて……」
メロダークが身じろぎし、声をたてず笑われた気がしたので、「笑わないで」と嗚咽の合間に抗議する。返事の代わりに頭を撫でられた。
小さな子供にするように、ぽんぽんと頭を軽く叩いたあと、男の指が髪を梳いた。耳の後ろ、毎日結っているせいで癖の残る髪の間に四本の指が通り、髪が指の間を流れ落ち、後頭部の丸みに沿って掌が少女を愛撫する。そうやって、大きな手が、マナの頭をゆっくり、ゆっくりと撫で続け、指は時折耳をくすぐり首筋に触れ、うなじの髪の生え際を逆向きに擦りあげる。時間をかけてゆっくりと髪と頭皮だけに愛撫をくわえ続け、すくみきっていた少女の体と心が、段々と落ち着いて来る。
やがて頬に触れた手に顔を上向かされ、「じっとしていろ」と命じられる。ぎゅっと目を閉じて待っていたら、顔に息がかかり乾いた唇が唇に重なってきて、しばらくそのまま息をとめ、不快感がまったくないせいでかえって泣きそうになり、だが言われた通り従順にじっとしていた。呼吸が苦しくなって来た時、静かに押し当てられていた男の唇が触れ合ったまま、突然、マナ、と動き、声にださずに少女を呼んで、少女の唇と背と心を震わせる。少し口を開くと、下唇を唇で挟まれ、粘膜がこすれあう感触にびくりとして目を開けると、メロダークの顔が静かに離れていった。マナは大きく息を吸った。また涙が出てくる。少女の首筋から髪を払い、涙を少し乱暴に拭ったメロダークが最後に腕枕をして、
「話をしよう」
そう囁き、お前がもう少し落ち着くまでと言い添える。