礼拝を終えて宿舎に着替えに戻る途中、食堂の開いた扉の向こうに男の姿を見かけて引き返した。
古い樫材の食卓の側に立ったメロダークは、目の前に置かれた杯を見つめていた。粗末な素焼きの杯には半ばまで水が注がれている。
「メロダークさん?」
声をかけたが返事がない。近づいていくとようやくマナに気づいたようだった。
「終わったのか」
顔もあげずにそう言って、その横顔にマナはふと不安になる。
神殿に移ってきた最初の頃は、鈍感で鳴らすパリスにまで「おっさん浮かれてるなあ」と評されるほどの目に見える明るさであったメロダークは、最近では元の落ち着きを取り戻したように見える。だが時折落ち込む沈黙の質が以前とは違っているように思え、何が違うのかマナははっきりと言葉にできず、ただ漠然とした不安を覚えるのであった。誰に相談できることでもなくて、当人に「今、何を考えていらっしゃるのですか?」と尋ねても、返ってくるのはそれこそが重い沈黙だけだ。
人を拒むような沈黙だけではなく、メロダークはともすればマナを避けるような素振りを見せることまであり、マナの心はそのたびに少しずつ傷つき、少しずつ臆病さを増していく。
しかしその一方で、神殿での毎日の中、少女は時折射るような視線を感じることがあった。視線の主を探してみれば、祈祷に跪いた礼拝堂を見渡せる中庭で、神殿の入り口を見上げる橋の上で、食堂の向かいの席で、彼女を見つめていたメロダークが、目があった瞬間まるで怒っているような顔を背け、あるいは仮面のような空白の表情でそこを去り、さもなければ恐れの滲む黒い瞳を伏せ、いずれの場合もマナの心を見つめ合うことすら拒絶された悲しみと困惑で激しくかき乱すのであった。
今もメロダークは、マナの目にはなんの変哲もないただの水の入った杯を、怖いような顔で見つめ続けている。
「どうなさったんですか?」
「なんでもない」
即座にそう答えたあと、しばらくして、「神々のことを考えていたのだ」と言い足した。
マナは卓上に両手をついて、メロダークの顔を伺うように下からそっと覗き込んだ。こちらを見て欲しかった。しかしメロダークの睫毛が微かに震え、反応はただそれだけだった。
「神々の……よろしければお話を伺いますよ」
「いや」
「もしも神殿で話しづらいことなら、ひばり亭ででも。なんならオハラさんにお願いしてお部屋を借りて、ゆっくり二人で」
「駄目だ」
マナの言葉を遮り、メロダークが言った。
「やめろ。くだらんことを言うな」
語気は鋭く、マナを怯ませるのに十分だった。一瞬たじろいだマナは、
――助けが必要な時ほど、他人を強く拒絶される。
悲しい気持ちでそう思い、穏やかに続けた。
「信仰のことなら、お一人で悩んでいてはなおさら解決しづらいのではないでしょうか。他の方と一緒に、礼拝に出席なさってはどうでしょう?」
「いや――ああ――そうだな。次からそうしよう」
「あっ、今のは別に……えっと、命令じゃないですよ」
「わかっている」
そこでようやくメロダークが顔をあげ、礼拝用の重い祭服を羽織った少女の姿に、眩しい物でも見たかのように一瞬目を細めた。