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溶けていく 7

 呼吸が苦しくなると唇が離れ、息を継ぐ暇を与えられる。何か言おうとしたら、また唇が張り付いてくる。時折は顔の角度を変え、あるいは下唇を唇で挟まれ、柔らかさを味わうように吸い、そうやって繰り返し唇を重ねられながら、頬に添えられた手に徐々に力がこもっていくのを感じていた。
 初めは薄く開いた唇と上の歯だけに軽く触れていた舌が、段々と深くに入り込んできて、マナはぎゅっと目を閉じ、うながされるままに口を開いた。大きな舌が口内に入り込んで来て、柔らかく舌に絡んだ。ざらつく舌の厚みや、湿った熱や、くちゅくちゅとなる唾の音や、男の唇に一箇所固い傷跡があることや、自分の唇や舌がそういった細部までをはっきりと感じ取れる繊細な器官であったことに驚く。口内を舐められることは汚く、唾が混じり合うことや、粘りつく音にもぞくぞくするような嫌悪と羞恥を感じ、しかし抵抗するその気持ちは繰り返される単調で複雑な行為の間に、段々と押し流されるように消えていく。今、メロダークさんにも私の唇や舌や唾がどういう物なのか全部伝わっているのだなと思い、羞恥は消えぬまま、互いが互いについてを同時に知ることへの、不思議な安堵と連帯を感じた。
 両手でぴったりと頬を挟まれ、身動きできぬ体にのしかかられて、緩急をつけながら舌を抜き差しされ、頭がぼうっとしてくる。
 長いキスを終えてメロダークが唇を離した時には、マナの顔は真っ白になっていた。
 メロダークは荒く息をする少女の頬を指先でなぞり、顎を軽く上向かせた。マナと目を合わせてから、脈動するこめかみと熱い耳朶に軽くキスする。少女の体を抱き寄せ、開いた口で喉に触れた。
 マナは頭を仰け反らせて首へのキスを受け入れ、また臆病に目を閉じる。舌と唇が触れている場所は熱く、離れたあとは濡れた肌が空気に触れて、ひんやりと冷たくなった。舐めながら這っていったマナの胸元で、メロダークが動きを止めた。鎖骨の形をなぞるようにぎゅうっと強く唇を押し当て、軽く歯を立てる。骨を直接齧られたと体が錯覚したのか、男の腕の中で、マナの全身がびくりと震えた。
 反対側の鎖骨も同じように愛撫され、その間に呼吸が段々と整ってくる。恐る恐る手を伸ばし、自分の胸に押し付けられたメロダークの頭を両手で抱いた。男の髪に指を差しこみ、頭を撫でながら髪を梳いてみる。メロダークの動きが止まったので、「え、と……さっき、して頂いて、気持ちよかったから」と説明した。
「嫌です?」
「いや。いちいち聞くな」
「あっ、そ、そうですね。ごめんなさい」
 メロダークがマナの肩口に頬を押し付けたまま、頭を巡らせて、少女の目を見た。自分の体の上でくつろいだ表情を浮かべた男と近い場所で見つめ合うと、胸がいっぱいになった。知らず知らずのうちに、男の頭を抱く手に力をこめている。
「俺もよくわかっていない」
 男の手が少女の腰にまわり、愛しげにそのくびれをさすっている。
「嘘。嘘――」
「本当だ。お前に何をされれば自分が喜ぶのか知らない」
 お前は俺の体にしたいことをしろと言われ、あまりな物言いに赤くなった。接吻の余韻を残す唇を伸びてきた男の指先に擦られる。涎が顎に垂れていて、乱れた息が鼻から漏れている、みっともなくて恥ずかしい。しかしすぐにメロダークも同じように口元を汚し、荒い息をしていることに気づく。
 これはそういうことなのだ、そして彼も私の体を好きにするのだと気がついて、ますます恥ずかしくなって目をそらすと、肘を頭上に押し上げられた。気がつけば毛布が床に落ちている。
 窓から差しこむ月明かりに照らされて白く光る、隠す物のない裸の体を凝視され、押し殺した声が漏れた。
 それを合図のように、口を使った体への愛撫が始まった。
 乳房にむしゃぶりつかれ本能的な恐怖に男の顔を押しのけようとすれば、両方の手首をひと纏めにしてつかまれ、頭上でシーツに押し付けられる。動きを封じられたことに怯え、もがくが、解放はされず、だが痛みもない。力を加減されていることに気づく。
 こんなに力の強い方なのに、私に触れる時はいつも、傷をつけないよういっぱい気遣ってくださっている。そう思う。
 自然に体から力が抜けた。
「だ……大丈夫。もうそんなに怖くないです……離してくださって大丈夫です」
 そう囁けば、掌がするりと手首から離れ、腰と背に戻った。押し付けられた男の額が汗で濡れている。髪の毛がくすぐったい。少女の乳房の谷間に顔を埋めたメロダークが、くぐもった声で言った。
「あの日からハァルに祈るのをやめた」



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