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仙女の贈り物 2

12月15日


 ちくわにばかり気を取られていたのだが、確かにルギルダからは銀の剣をもらっていた。
「まあオレにまかせろって」
 頼もしげに言ったパリスは、ぱりすやの奥に一度引っ込むと、鞘にも柄にもぎっしりと細工の施された、いささか装飾過剰な短剣を手に戻ってきた。柄の部分には、ホルムでは珍しい小さな真珠がはめこまれている。
「イバ神殿に奉納する予定だった儀式用の短剣だと。鍛冶屋のおっさんから安く仕入れたとこだぜ」
 マナは仔細に短剣を点検したが、ネスの鉄を使った短剣はこの土地の人間からの贈り物として気が利いているように思えたので、「うん、いただくね」と言った。
「ヘイ、まいどあり!」
 パリスが元気のいい声をあげた。
「ルギルダさん、喜んでくれるといいな」
「知らねぇけどよ、アレだ、こういうのよりちくわがいいんじゃねえの?」
 もうどれだけちくわの印象が強いのかと思うが、そう言ったパリスはやけにしみじみとした顔になった。
「あれ、使わずに腐らせたの、もったいなかったよな?」
 当時はちくわを両手に大はしゃぎなパリスであった。
「……食べ物で人を叩くのは、ちょっと」
「お前、焦げたパンはバンバンぶつけてなかったか?」
「だって、あれは……あれ、もう、食べ物じゃなかったもの」
 ぱりすやの店頭で、ぱりすや特産・ホルム名物手乗り英雄人形をしげしげと眺めているメロダークの耳には届かぬよう、マナは早口にささやいた。

 買い物を終えて店の外に出ると、メロダークの目はまだ英雄人形に釘付けだった。パリスがまた変な物を勝手に売っている。この前のホルム名物英雄似顔絵パンはもっとひどい代物だったし、その前のホルム名物英雄シーツの件にいたっては、もう何ひとつ思い出したくもないし、記憶をすべて消してしまいたいくらいだ。マナはメロダークの隣に立ち、自分をモデルにした実に適当な木彫りの人形をしばらく見つめていたが、私、こんなに口は大きくないわ、とひそかに気分を害した。もっともそれを抗議するのはいささか虚栄心が強すぎるように思えたので、メロダークをつついて、「ご覧になられるの、恥ずかしいです」とだけ言った。
「……いや、よくできている」
「……そうですか?」
「ひとつもらおう」
 マナが反対しようとするより先に、いつの間にか背後に忍び寄っていたパリスが、「ヘイ、まいどあり!」と、一年の間に鍛えた、有無を言わさぬ元気のいい声で怒鳴った。



 妖精の塔はいつも同じ天気だ。
 泉の前に立ったマナは、赤いリボン、昨日の斧の使い回し、を結んだ短剣を手にしていた。しかしマナがそれを投げ込もうとしたとき、メロダークが一歩前に出た。釣り竿を握りしめている。
「あっ、そうか、その方が確実ですね。さすがメロダークさん」
 感心したマナはしかし、釣り針に餌の代わりにくっついた英雄人形を見て、すぐに笑みを消した。
「あのう」
「まかせておけ」
「いえそういうことではなく」
「これなら来る」
 自信にあふれた口調でメロダークが言い、竿を勢いよく振った。着水した浮きがすぐに動く。メロダークが竿を引き上げると、果たして、仙女が釣れた。
 ほぼ一年ぶりにマナたちの前に現れたルギルダは、襟に釣り針を突き刺してぶらぶらと揺れながら、片手に英雄人形を握りしめていた。
「よし!」
 力強くそう言ったメロダークの隣で、マナは、表情を消していた。
 ――あんなに会いたかったのに、これはあまり嬉しくない。
 釣りあげられたルギルダが、だらりと下げていた方の手を掲げた。黒い長靴であった。
「……あなたが落としたのは……この……長靴ですか?」
 メロダークとマナのいぶかしげな視線を受けて、ルギルダはふっと顔を背けた。
「……立派な人形がなくて……さすがに想定外……」
 落ち込んでいる。
「あの、お、お気になさらず。お久しぶりです、お元気そうでなによりです。えっと、今日は私、ルギルダさんに贈り物を持って来たんです。冬至節には少し早いのですが」
 泉の水面に立ち、短剣を受け取ったルギルダは、ぽっと赤くなった。ような気がした。表情の変化がよくわからない。
「……あげるのはよくありますが、もらうのは珍しい。なにしろ仙女なので」
「受け取っていただけるなら、嬉しいです」
 こくこくとルギルダが頷いた。
「いい心がけ」
 そして沈みはじめた。
「あの、去年頂いたカエルタッパー、とても役に立ったんです。アーガデウムであれを……」
「うん。知ってる」
 マナを見上げる格好になったルギルダは、
「……頑張った。偉い」
 賞賛の言葉と泡を残して、ブクブクと水中に姿を消した。



 静かな星の夜だった。
 メロダークが出てくるかなりいい夢を見ていたようだ。自室の寝台で枕を思い切り抱きしめ、マナはいささかだらしのない笑顔になっていた。その安らかな眠りは、なんの脈絡もなく、唐突に途切れた。ぱちりと目を開けたマナは、一呼吸を待たずに、覚醒した。
 枕元に人の気配がある。
 慌てて跳ね起きたマナは、ぼんやりと青白く光る人影に息を飲んだ。
「ルギルダさん!?」
「……こんばんは」
 勝手に部屋に侵入した仙女は、礼儀正しく挨拶をした。片手に何かを持っている。それが今日の昼間に渡した贈り物の短剣だと気づいて、マナはルギルダの顔を見なおした。ルギルダはいつもの無表情であった。
「これ……返す」
「あっ……これ、お気に召しませんでしたか」
「……武器は……誰か武器を落とした人がいたら、その人に渡さないといけない。せっかくもらった物なのに、他の人にあげるのは……ちょっと嫌。だから返す」
 声にいくらか悲しげな響きがある。ように思えた。
「業界のルール」
 そう付け足す。業界とは一体、なんなのだろう。
 しかしあまり深く突っ込まない方がいいような気がしたので、
「そうなのですか」
 それだけ言って、マナは仙女から短剣を受け取った。ルギルダはどこか悲しげな雰囲気を漂わせたまま、
「別のを何か」
 と言った。
「えっ?」
「お願いします」
「別の贈り物が欲しいということですか?」
 こくりとルギルダが頷いた。
 案外、遠慮がなかった。なのでマナもまた遠慮なく、直接的な質問をした。
「ルギルダさんは、何か欲しい物ってありますか? なんでもというわけにはいきませんが、例えば私たち人間でないと手に入らないような物があれば、遠慮なくおっしゃってください」
 ルギルダの目が、一瞬きらりと光った。、
「……仙女垂涎の……アレ」
「えっ? なんです?」
「……でも今は無理。なので、そのうち、そのうち……」
 マナはしばし考え込んだが、アレがなんなのか、さっぱりわからなかった。さらに詳しく質問しようとマナが顔をあげた時には、床の上に数滴の水の染みを残し、ルギルダの姿は消えていた。

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